三国雑談スレ ◆奥の方のテーブル◆
227:★ぐっこ2003/06/24(火) 00:47AAS
>>226 お久しぶりですー。
大澤教官の本…うーむ、まだ私がPC98でゲームやってたころから、
張燕とか鍾繇とかをピックアップしてた方ですから、あの当時としては
かなりなものだったんですが…。そう言う意味で、今はかなり情報が
共有化された時代にかりつつあると思いますねえ。好々。
孟徳伝…うーむ。見のがしてました、そこ(^_^;) それにしても誤字多い
省10
228:★ぐっこ2003/07/04(金) 00:43AAS
全く関係ないですが、不覚にもマジ笑いしたAA↓


ノ::::゙、 ヽヽヽヽ ゙、
ヘ:::::::::;;: -‐''''""( )1
 ゙、::::::::-‐''""" ̄"'i
省15
229:左平(仮名)2003/07/07(月) 00:31AAS
三国志との関連がちょっとはあるので、ageで書き込んでおきます。

昨日、川勝義雄氏の「魏晋南北朝」(講談社学術文庫)を買い、一応読了しました。
三崎良章氏の「五胡十六国」(東方書店)も前に買ってるので、一応このあたりについての概観は分かっていてもよさそうなものなのですが…悲しいくらい、頭に入ってない事が分かりました。
で、感想。…川勝氏の方は、南朝に重点が置かれてますね(全11章のうち、1・2章が概観、3〜8章が南朝【ただし3・4章は三国・西晋】、9〜11章が北朝)。三崎氏の方は北朝(というか北魏以前)が主という感じでしたから、両方そろって一応のバランスがとれる…かな?といったところ。
それにしても、東晋、随分不安定だったんですな。皇帝の在位期間、20年を超えるのが一人だけです。叛乱も続発してるし、玉川さん一押しの陶侃やチ【希+β】鑒の軍団の独立性も高く、中央の力も弱いし。
省8
230:左平(仮名)2003/07/07(月) 00:41AAS
ところで、皆さんお忙しいのを承知で、一つ私のわがままを聞いていただけませんか?
現在書かせてもらってます「牛氏」ですが、正直言って自分の妄想だけで書いてる状態なので、かなり不安になっています。皆さんから見てどんなものなのか感想をうかがいたいのです。
書くからにはきちんとしたいので、ご指摘を頂ければ、軌道修正していくつもりですので、どうぞよろしく。
ちなみに、第30回まで書き込んだ今日時点では、西暦173年あたりとしております。現在書き溜めている分も合わせると、既に以前に書いた「サク(竹+乍)融伝」の容量を越え、まだまだ続きそうです(冗談抜きで、第一部だけで一年以上かかりそうです)。
231:★玉川雄一2003/07/07(月) 01:56AAS
私は『五胡十六国』は何度か読み返していますが『魏晋南北朝』は未読です。
講談社学術文庫なのですね。今度買ってみるとしますか。

東晋は確かに不安定だったようですね。
特に創設期の310〜330年代はこれでもか、というほど乱れまくっています。
ダイナミズムという点では後漢建安年間の群雄割拠時代に優るとも劣らないはず。
省16
232:★玉川雄一2003/07/07(月) 02:03AAS
そうそう、>>228のAAはやはりIだと思います。
何より、「○○いわく、」で始まるメッセージが遠き日の思い出を蘇らせる…

空白地の在野武将(たしか張昭)に「みずからでむく」をやろうとして、
軍師に「きけんです! おやめください」と言われたのにもかかわらず
「空白地だからいいじゃん」と強行したら本当に捕まって(誰に?)殺されちゃったよ.・゚・(ノД`)・゚・
省10
233:★ぐっこ2003/07/07(月) 23:20AAS
あー。私も「魏晋南北朝」がそのあたりの時代の唯一のソース。
しかしながら、全然頭に入ってません。
最初に小説ありきの三国志と違って、東晋にせよ後漢にせよ、最初に
史書から入るぶん、人物興亡史というより、歴史資料を読むような気分に
なってしまうからでしょうかねえ…。
やはり買ってじっくり読むべきか…
省44
234:左平(仮名)2003/08/18(月) 00:38AAS
学三掲示板より、梁興ネタ
>これはもう、左平(仮名)さんにお願いして次回作『梁氏』を書いて頂くしか…?

三部構成の「牛氏」第一部もまだ道半ばですし、梁氏となると後漢書を読む比重も増しますから、現状ではちょっと。
とはいえ、ご指名いただいたのは嬉しくもありますし、ちょっとごく簡単なあらすじを考えてみましょう。
235:左平(仮名)2003/08/18(月) 01:58AAS
まず、三国志全人名事典に出てくる「梁」姓は、(異民族も含めて)19人です(梁興込み)。
このうち、(光武二十八将ではありませんが)後漢功臣といえる梁統の子孫という可能性のある、安定及びその近くの人となると…。
1,梁寛 安定の人。楊阜らと共に馬超と戦っています。時期的には梁興と一致。この二人が実は同族だった、なんて設定にしたら、なかなか劇的ですね。
2,梁元碧 涼州・休屠胡の首領。梁というのが姓だったりすると、胡化した漢人というドラマ性があります。ただし、この人については、郭淮の伝に記載があり、梁興と時期がずれます。このあたりをどうみるか。
3,梁虔 魏の天水郡主記→蜀。ただし、姜維とともに…という事で時期がずれます。
4,梁鵠 安定の人。劉表→曹操という経歴がありますから、時期的には梁興と一致。ただ、曹操に重用されていた様ですから、梁興とはつながりにくいです。第一、こちらは文官。
省23
236:★ぐっこ2003/08/18(月) 23:11AAS
うお、流石は左平(仮名)様!
涼州系の梁氏って思ったより多いな…確かに何人かは血縁であること間違いなさそう…。
梁冀の一族が誅滅されたとしても、だいぶ前に分かれた梁氏の流れは無事でしょうし、
梁冀の一族の中には、確かに羌やテイあたりに逃れる士人もいたでしょうし…
うーん、となると、左平(仮名)様のプロットも、案外ありえるかも(;´Д`)ハァハァ…
1-AA