下
★『宮城谷三国志』総合スレッド★
435:左平(仮名)@投稿 ★2013/07/21(日) 00:33:21 ID:f69prmJ00
続き。
おのれが何を為したか。天、地、そして自分。この三者が知っていればよいのではないか。司馬昭はそうも思いますが…
やはり「子(なんじ)」は必要なのです。天地のような全くの第三者ではない、しかし自分でもない、他者が。
「その存在がなければ、歴史も、物語も、ありえない。」
司馬昭の死と、司馬炎によって晋王朝が成立したところで、本作は終わります。しかし、その直前に書かれたこのことが、
ひどく印象に残りました。
「四知」で始まった物語が「四知」で完結したのです。
(そして、「四知」を意識しなくなったとき、中華の没落は始まった…という、個人的な感想もあります)
上前次1-新書写板AA設索