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★『宮城谷三国志』総合スレッド★
122:★ぐっこ 2004/07/18(日) 18:03 読んだ( ゚Д゚)! 確かに新鮮な呂布像でしたわ。 非常に率直に、同郷の名士である王允を尊敬し、心の底から 董卓にビビっている呂布! 権力が欲しいのではなく、名声が欲しい呂布! 皇帝になりたい のではなく、大将軍くらいになってみたい呂布! こうしてみると、何か呂布という存在が身近に感じられていいですねえ… 宮城谷版呂布、久々にヒットかも。つうかもう私の中のデフォルト(南蛮王除く)。
123:左平(仮名) 2004/08/11(水) 20:55 今回のタイトルは「賈詡」。 出だしは、彼の奇才をみたはじめての人・閻忠の紹介からでした。もちろん、あのハッタリも描かれています。 陝から長安への進軍、呂布と郭氾の一騎打ち、そして長安市街戦。献帝にとって、はじめての輔弼となるかも 知れなかった王允は、脱出を拒み、ついに殺害されます。 蔡文姫の悲劇も、この頃の事として紹介されています(彼女の経歴もまた、曹操と他の群雄との差を示す論拠 との事)。 かくして、元・董卓配下が実権を掌握しました。皇甫嵩は朝廷にあるものの、もはや覇気を失った老臣。朱儁は 盟友もなく、中牟で孤立。…時代の流れの残酷さが、ひしひしと伝わります。 (皇甫嵩は、この後三公になっています。しかし、天候不順を理由に罷免されるなど、ただの傀儡に成り下がって しまっています) こんな中、ひそかに不安を抱く賈詡は、「権力の中枢にありながら、かつ、遠ざかる」という策を実行します。 (尚書となった後、ひそかに良材を推挙するなど、中立的なスタンスに立ちます) やがて、彼らは内部分裂を起こしましたから、賈詡の危惧は当たるわけですが…それは次回以降の話です。 一方、長安から辛うじて逃れた呂布は、袁術を、続いて袁紹を頼ろうとします。 (この時点で自立を考えていれば…というコメントがあります。呂布の失敗は、情報の不足にあった、と) しかし、丁原・董卓という二主を殺害したという経歴を持つだけに、露骨なまでに嫌悪感を示されています。 それにしても、今回の呂布の台詞は、前回にもまして従来のイメ−ジを覆しています。 ↓こんな感じですからね。 「〜わたしは三公の下、九卿の上の地位にあった。代々三公九卿を出しておられる袁氏の総帥ともあろう お方が礼儀をご存知ないとは〜」
124:★ぐっこ 2004/08/13(金) 02:31 読みますた! うーん、今回はイロイロと急変がありましたやねえ… アサハル様んとこにも書き込もうかと思いましたが。やっぱり皇甫嵩の 最期の記述が…。なんか切なくなりますよねえ、ホント。 何でこうなっちゃったんだろう、みたいな焦燥というか絶望というか、 後悔みたいな気持ちはさすがにあったかもしれませんね、皇甫嵩。もし彼が 動いていれば、こんな事態は避けられたでしょうに… こうしてみると、かえって閻忠の予言じみた忠告が、逆に皇甫嵩の義挙を足止め する枷になってたかも… で、この作品の呂布、いいですねえ(^_^;) なんというか素朴で不器用で。 漢室での忠義を志して流浪し、諸侯が自分を受け入れてくれないのに首を傾げる。 乱世向きでは無いと言う気も。
125:左平(仮名) 2004/09/14(火) 00:05 また結構下がってますね。 さて、今回のタイトルは「謀主」。前回のラストは、呂布を張燕討伐に使えないかと 袁紹達が考えるところでしたが…場面はがらりと変わります。 今回、最初のキ−パ−ソンになるのは、陶謙。朱儁を立てて上洛を試みるのですが、 彼が李カク【イ+鶴−鳥】・郭氾の誘いに乗ってしまったので失敗。都に近づこうと すると、曹操の領域を侵す形になり、衝突(まだ曹嵩の話は出てません)。 何だか、そう悪いキャラでもない感じになってます。しかし、間が悪い。 また、皇甫嵩・朱儁とも、かつての栄光が完全に色褪せてしまった最期でした。 一方、拠点を得た曹操は、皇帝を迎える事を考え始めます。しかし、都へは遠い。その 為、張楊に通行の許可を得ようとして…何とか許可を得ました。その使者は都にも到達 しています。 (史書の伝をみても、この張楊、なかなかの好漢なんですよね。後に呆気なく殺されて しまうのが、個人的には惜しまれます。ここでも、「常識は備えている」「計算高い人 間ではない」など、大物ではないにしても、人の良さを思わせる描き方です。) 実は、ここで董昭や鍾繇の名が出てきてます。しかし袁紹、董昭にも逃げられてたのです か。何とも、勿体無い。 「事件の多かった」初平三年の事件、まだまだ続きます。 この頃の勢力図は、確か、 中心勢力 近い勢力 1 董卓(及びその残党) 2 袁紹 曹操、劉表 3 袁術 公孫瓚(とその配下【劉備込み】)、陶謙 こんな感じ。で、1は関西、2・3は関東を拠点にしてます。 今回描かれたのは、2と3の争いというところでした。 共に人材の使い方を誤り、潰し合いをしている様な感じ(そんな中で、曹操も賞賛して いた袁遺はあっさりと死んでしまいます)。 しかし、怠惰な袁術は、気が付くと足元を劉表に侵食されていました。で、東に移動を 開始すると、曹操と…。 既に青州黄巾百万の大軍と渡り合い、将帥としての実績を気付きつつある曹操。次回は、 どうやらまた一度の乾坤一擲の大勝負になりそうです。
126:★ぐっこ 2004/09/15(水) 00:27 読みましたー。 まず朱儁 憤死! うーん…彼も皇甫嵩と異なった意味で…つうかより具体的に 天下を動かす位置にいたのですけれどねえ… 結局は遙かに格下だった李霪・郭レのともがらに振り回された だけだったかと…。 曹操が帝を迎え入れる前段階のドタバタが、順を追ってかなり 克明に。このへん、スルーされがちだから興味深い。 一応、李霪を中心とした朝廷というモノがそれなりに機能していて、 でも東国の連中が言うこと聞いてくれないから困ってて…という内情 がなんだか可愛い。板東武者にオロオロしてる京の公家連中みたい。 曹操あたりがちょろっと勤皇の兆しを見せると、心底喜んだり。 それにしても宮城谷センセ、張邈様を責めないで…。・゚・(ノД`)・゚・ 張邈さまはイザというときヘタレなだけなのよ… うーん、そろそろ立ち読みだと追い切れない情報量になってきたなー。 早く単行本化してくれんものか…
127:関龍白 2004/09/16(木) 10:17 はじめまして。関龍白と申します。よろしくお願い致します。 単行本ですが、来月1,2巻発売だそうですよ e-honの予約でそれぞれ10月上旬、下旬発売になってました。
128:左平(仮名) 2004/09/19(日) 00:43 ↑遅くなりましたが、貴重な情報、有難うございます。しかし二巻一挙に、とはまた…。 第二巻で梁冀、という事は…一巻で一年分くらいといったところでしょうか。 それにしても、ぐっこさん。 李「錺」 ↑この字は一体?字典で見ると、国字なんですけど。
129:★ぐっこ 2004/09/19(日) 01:58 何ィィィィィ!!!?( ゚Д゚) 関龍白さま、初めまして! そして情報ありがとうございますッ! ぐわ…マリみて新刊と宮城谷三国志の双方が出版されるとは! 今年の10月は神なのか!? 神の月なのか!? 二冊がかりでも、どう考えても黄巾ちょっとくらいまでしか進まない 宮城谷ワールドに燃えるしか!
130:左平(仮名) 2004/10/11(月) 18:00 今回は、普段の連載に+αがあります。「曹操と劉備 三国志の世界」と題された随筆です。 まず、「三国時代」の定義と参考文献。といっても、ここで挙げられているものの多くは、 三国迷であれば必読レベルかも知れません。「三国志全人名事典」も挙がってます。 続いて、「組織の創立者の与える影響」。光武帝による皇后の廃立は、必然的に皇太子の 廃立も伴ったが、それは王朝を不安定にする遠因であった。また、内朝(後宮、宦官等)が 権力を握った結果…。 さらに、後漢末の諸勢力の概要。「三国漢季方鎮年表」というものがあるそうです。 そして、メインテ−マ。 @西暦190年代前半の状況について言うと、関東においては袁紹と袁術が対立しているという のは既出ですが、「この時点においては」彼らのスタンスは微妙に違っていたとしています。 「自身が新王朝をたてるという野心をあらわにしている」袁紹に対し、「漢室を尊重する様に 振る舞う(本心は袁紹と同じ)」袁術という図式です。その故、「勤皇の士」であった呂布は、 当初袁術を頼ろうとするが…と。 また、袁紹の限界を示す具体的な事例として、韓馥の悲劇を例示しています。 Aそして、タイトル通り、曹操と劉備の比較です。「曹操は〜不羈の人とみられるが、実は、 妥協を重ね、己を殺してきた人である(彼が多くの敵を許したのは、相手が『社会的に有益な 人物であるから』)」。自身を公的立場に置かざるを得なかったが故、としているあたり、 『蒼天航路』とは全く違う観点で曹操をみている事が分かります。 一方、劉備は、字の『玄徳』が示す様に、道教的な側面を強く持つ人物である、とします。何 よりも「劉備は劉備である」事を重んじ、融通無碍。それ故、儒教的には、呂布の方がよほど まともであった…と。 一方で、歴史的にみれば、劉備の様に融通無碍である方が、本来戦いには強いものだが…という あたりの指摘がまた、興味深いものがあります。 この時代の面白さってのは、案外、そういうところにあるのかも知れません。 そして、待望の第一巻の発売日は、10月14日(木)だそうです。
131:左平(仮名) 2004/10/11(月) 18:22 そして、今回。タイトルは、確認を忘れました。 まずは、袁術VS曹操の対決です。とはいっても、結果は曹操の圧勝でした。 兵力は袁術の方が大きかったのですが、将帥の差が、否応なしに出てきたのです。 袁術には、いいところ全くなし。(包囲されつつあるのをみて)脱出するべく盛り 土をよじ登れば土を浴び、ようやく降りたら馬に蹴られて草を噛む。逃げ込んだ先 では、堤防を破られて水攻め…。辛うじて脱出はしたものの、逃げ足が速いのだけ が救いとは、また。 そして、それに続き曹操VS陶謙。互いに嫌悪感を示す両者の、戦いの火蓋が切られ ようとするその矢先…曹嵩が殺害されます。なお、ここでは、曹嵩殺害は、陶謙の命に よるものとしています。 先の随筆では、この陶謙はなかなかの人物として書かれていますから、ちょっと不思 議な感じがします。前に孫ぽこさんがおっしゃってた通り、まさしく「謎の人」。 勿論、父を(さらに弟も)殺された曹操が黙っているはずがありません。前もって、 「これはただの復讐戦ではない」という大義を掲げた上で、孟卓に後事を託し、戦いに 赴きます。 この戦いにおいては、曹操は「敵は全て殺せ」ってな指示を出しています。その為、大 量の戦死者が出ています。いわゆる徐州虐殺をどう扱うか…ここらが参考になるので しょうか。 曹操に敗れた陶謙は、田楷に救援を依頼し、ここで、久々に劉備達の登場と相成ります。 関羽・張飛ともに「徐州に向かうべし」と主張し、劉備もその通りにするのですが、ここ での関羽の存在感がまた大きいんです(完全に劉備をリ−ドしてます)。ただの猪武者では ありません。豊富な人生経験に加え、これからのとるべき道を提示してみせるあたりは、 『蒼天』での関さんを思わせます。
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