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★『宮城谷三国志』総合スレッド★
148:左平(仮名) 2004/11/11(木) 22:30 本日、第三巻を購入しました。これで第一期が出揃いました。 と同時に、プレゼントの応募の開始です。 第三巻は、平成15年6月号〜平成16年5月号…半年前まで収録 されてます。黄巾の乱から界橋の戦いのあたりまで。 前に書き込んだのは、一月ほど勘違いしてたようです。 第一巻が安帝〜沖帝、第二巻が質帝〜霊帝、第三巻が霊帝〜献帝 ということになるわけですが、いよいよ三国志の物語に突入した ということもあってか、密度が濃くなってまいりました。 なお、第三巻の付録は、先の文藝春秋に掲載された宮城谷氏の随筆 です。
149:左平(仮名) 2004/12/10(金) 23:06 今回のタイトルは、「済民」。ちなみに、前回は確か「親友」でした。 今回の、各群雄の状況。 曹操… 再びの徐州攻め。虐殺についても触れていますが、あまりくどくどとは書いていません。ただし、 諸葛兄弟の名が出ているあたりで、この挙が曹操にとってマイナスであった事を示しているのかと。 袁術… 曹操に破れ、南陽を追われる形で揚州に入りました。ここでは、彼の虚名はまだ有効です。孫策は、 その虚名の故に袁術に近づき、まずはその美貌で周囲の心を捉えます。もちろん、彼は見てくれだけの 人物ではありません。既にその器の一端を垣間見せております。 それはそうと、袁術配下の将「喬蕤」…まぁ、橋蕤のことなのですが、あえてこちらの書き方をしたと いうところに含みがあるというのは深読みでしょうか。 (「呉書見聞」において、孫ぽこさんがここらの考証をされてましたよね。ひょっとしたら、孫策と周 瑜が二喬を娶ったのって、この時に喬氏と何らかのつながりを持ったのと関わってたり、ってことは…) 劉備… 陶謙を助け、曹操と戦います。その人となりを真に理解できるものはおらず(側近の関羽でさえその理解は 不完全。彼は、儒教的な観点ではなく道教的な思考を以って見るべし、と)、その戦いぶりには曹操が首を ひねります(兵法完全無視!)。 次回は、曹操大ピンチとなりそうです。 陶謙が亡くなり、麋竺・陳登(!)によって徐州を託されますが…受諾するまでに一波乱。
150:関龍白 2005/01/09(日) 21:10 遅ればせながら あけましておめでとうございます。 今月は8日発売でしたね。 曹操対呂布、前哨戦というところでした。 それにしてもプレゼント、いつ届くんでしょうね。 お茶会来週なのに・・・
151:左平(仮名) 2005/01/11(火) 23:15 さて…関龍白さんのおっしゃる通り、今回は曹操対呂布の前哨戦でした。 ただし、前半はこれでもかといわんばかりの曹操の危機でしたが。 タイトルは「三城」。 弟の教唆を受けてもなお曹操への一応の信頼はあった張邈ですが、気持ちは 揺らぎます。そんな彼の煮え切らない姿勢にけりをつけたのは、陳宮でした。 袁氏ではなく、呂布を引き入れるという発想と、曹操の謀士であった陳宮の 寝返りという事態をうけ、ついに、というわけです。 この事態を受けて動いたのは、荀掾E程G、それに夏侯惇でした。途中、夏 侯惇が人質にとられる(ここは韓浩の見せ場)という場面はありましたが、 兗州80城のうち実に77城(約96%!)までが呂布・陳宮の勢力下に落 ちるという絶体絶命の危機を巧みに凌いでいきます。 そして、無事に曹操が帰還。もちろん、このままでいるはずはありません。 今回、他勢力の動きについては特に語られませんでした。
152:左平(仮名) 2005/01/18(火) 22:37 [sage] そういえば、もう15日過ぎましたが、何も音沙汰がありません。 文藝春秋のサイトを見てもよく分かりません…。
153:関龍白 2005/02/04(金) 21:32 [sage] カラー絵地図、今日来ました。 単行本は三年おきに三巻ずつ刊行予定とか。 次は2007年10月ごろでしょうか。
154:左平(仮名) 2005/02/08(火) 00:03 こちらにも届きました。昨日あたりに届いてたみたいで、今日気付きました。 「後漢末概念図」とあります。第二期以降も何かあるのでしょうか。
155:左平(仮名) 2005/02/09(水) 23:34 休日とのからみでしょうか。今日、コンビニに文藝春秋の今月号がありました。 前回に続き、今回も、曹操の危機が続きます。呂布の篭もる濮陽を包囲するも、 青州兵も打ち破られるわ、内通者を頼りに突破を試みるも、あっさりと返り討ち に遭うわ…。ここだけ見てると、いつ破滅に至ってもおかしくないくらいです。 そんな中、一大転換点となったのは…蝗でした。 糧秣が尽き、決着がつけられなくなったわけですが…一時は袁紹の下につく事さえ 考えた曹操は、程Gの諌言によって息を吹き返します。 一方で、呂布の方は、糧秣を巡って豪族達と衝突したりして、その勢力が漸減します。 その結果、定陶の戦いにおいて、曹操が勝利。 そして…もはや曹操の友には戻れない事に意気消沈した張邈は、呂布と離れ、袁術の もとに援護を求めたところで、あえない最期を遂げました。 呂布は、今や徐州の主である劉備のもとへ。波乱はさらに続きます。
156:★ぐっこ 2005/02/10(木) 01:03 _| ̄|○ 実はソレ送るの忘れてたんよ… 切手貼ろうと思って引き出しに入れたまま… 三巻とも買ったのに…
157:左平(仮名) 2005/03/10(木) 01:36 今回も、既にコンビニに文藝春秋がありました。はて。 それはそうと、今回のタイトルは「雍丘」。ようやく窮地を脱した曹操に、そろそろ光が見えてきました。 既に兗州の殆どを奪回し、残るは張超の立てこもる雍丘のみ、という時点で今回は進みます。 天子を迎立すべく、関西の情報を収集する曹操。そこに、天子からの使者がやってきます。 (以下、しばらくは関西の情勢について) 李カク【イ+鶴−鳥】、郭レによる主導権争いが激化する中で、天子はないがしろにされます。 そんな中、キ−パ−ソンとして浮上したのは劉焉父子でした。 まず、都にいた末子の劉璋が益州に派遣されました。表向きは、劉焉の奢僭を咎めるということ でしたが、実際には、この状況を打開すべく工作するようにほのめかしたというわけです。 彼は、涼州の雄・馬騰を使おうとし、実際、そこまではうまくいきました。 馬騰は韓遂も誘って上京。その実力は確かでした。 しかし、李カク【イ+鶴−鳥】、郭レもそうやすやすとは倒されません。この目論見はあえなく 潰え、劉焉は二人の子を失う羽目になりました。 しかし、ここでの韓遂、なかなかの器量です。けっこう楽観的な馬騰に対しそれを戒めるような ことも言ってますし、こんなふうな事も言ってます。 「腐敗した王朝は毒だ。董卓の死は、いわば毒にあたったのだ。李カク【イ+鶴−鳥】・郭レも またその毒の中にいる」 「乱」に生きた蒼天での韓遂とはまた違った味の持ち主ですね。 そして、今回の最後に語られたのは、臧洪の最期でした。旧主・張超を助けんがために袁紹と戦い、 捕殺されるのですが、かくの如き壮士を殺すとは…ということで、また袁紹の株が下がった格好。 (ここで陳琳が出てくるのですが、臧洪に「このまま袁紹のところにいても…」と言われてるのが、 その後を暗示してた…のでしょうか)
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