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★『宮城谷三国志』総合スレッド★
222:左平(仮名) 2008/11/24(月) 19:44:34 ID:oWPH1hn9 続き。 さて、劉協に代わって帝位に就いた曹丕ですが、為さねばならないことは山積しています。気鬱になってもおかしくは ありません。武芸にも秀でた彼にとって、狩猟は数少ない気晴らしでした。 もともと狩猟は軍事訓練の性質も持ってはいるのですが、遊興としての面もあるわけで…。となると、回数が増えると これを諌める者が出るのも当然ですね。 やはり、出ました。鮑です。曹操の、おそらく唯一の盟友・鮑信の忘れ形見でもある彼は、その縁故・そして自身の 力量を以て、確固たる地位を築いているわけですが、なぜか(作中では、理由は書かれていないようですが)曹丕には 好かれていませんでした。はっきり言って嫌われてます。 曹丕からすれば、数少ない気晴らしに文句をつけられたように思ったのでしょうね。当然、聞き入れられません。 まあ、鮑も、曹丕に帝位に就くよう勧めた群臣の一人ですから、「汝らが帝位に就けと言っていたから帝位に就いた というのに、朕のすることに口を挟むか!」てな思いもあったのでしょうが。 …人としては、分かるんですけどね。ただ、帝王たる者がそれではいけません。 酷な言い方ですが、「曹丕は父・曹操には及ばない(それは本人もおそらく承知していた)。ならば、それを自覚して 次代に範を垂れれば良かったものを…」というわけです。 「恐れという感覚をもたぬ者は、真の勇気をもたぬ者である」。重く響きます。 一方その頃、蜀では…。「皇帝が位を追われ、殺害された」という(誤)報がもたらされます。劉備は、これを受け、 自らが帝位に就こうとします。劉氏の血胤たる自分には、帝位に就く正統性がある、というわけです。 これに対し、ひとり醒めている人物がいました。費詩です。 関羽と面識があった彼は、なるほど関羽の志は清いものであった、と感じるのでした。 曹操と対極にあることでここまできた劉備。しかし、益州侵攻以来、それが変質してきている…。生き残ることを考え るとやむを得なかったのでしょうが…。(後世の美化のゆえ、同一視はされませんが)袁術と同じ僭称者となった劉備。 何か、焦っている…?
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