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★『宮城谷三国志』総合スレッド★
84:左平(仮名) 2003/05/11(日) 01:36 あ、そうそう、今回も、名前だけの登場ですが結構有名どころが。 賈ク【言+羽】、太史慈、馬融、鄭玄など。
85:★ぐっこ 2003/06/10(火) 21:41 そして今日久々に文春読んでみると、董卓と孫堅カコイイ。 相変わらず皇甫嵩ぶっちぎりで、同時代で彼を上回る俊傑はいないのでは と思えるほどに(;´Д`)ハァハァ… 司空の張温の下で知謀を空回りさせつつも、けっこうアフターケアに気遣う 董卓がミョーにツボでした。あと、陶謙もカコイイ。 それにしてもいつ曹操が表に出てくるんだ。
86:左平(仮名) 2003/06/11(水) 00:08 おっと、今回はぐっこさんの方がお先に読まれましたか。 残念、今日は遅くなったもので文藝春秋は見てないです。明日以降、確認します。
87:左平(仮名) 2003/06/11(水) 21:55 一日遅れで、ようやく確認。確かに、将達がかっこいいです。 とはいえ、今回最も描かれていたのはやはり董卓でしょう(張温は凡将。孫堅は戦力に恵まれず、今回はいまひとつ目立たない【とはいえ、その力量は既に光っています】。陶謙は、武人らしい偏屈さの故に自らの器を縮めている…)。 不思議なもので、負けない戦をする董卓なのに、私にはなお「智謀の人」というイメ−ジはしないのです(いや、良将というイメ−ジはあるのですが)。やはり勝手知ったる羌族との戦いという事もあるのでしょうか。 それにしても、皇甫嵩の将器を活用できない漢朝は、やはりあきません。後々の事を考えると、なおさらです。 で、韓遂に北宮伯玉、馬騰、王国…。韓遂は、昔洛陽に行き、何進に意見した事もある、と…。時期はよく分かりませんが、蒼天で描かれた様なシチュエ−ションもあり得たと…。
88:★ぐっこ 2003/06/11(水) 22:32 やはり萌えたのは張燕の登場でしょうな!飛燕カコイイ! 董卓は、正直猛将というより知将、謀将の印象が最近強い私であります。 洛陽で失政やらかすまでの彼の動きは、非常にクレバーではないかと。 というか、もし彼が李儒あたりの献策で動いていたとすれば、李儒って 郭嘉なみに先見のある軍師な気が。
89:左平(仮名) 2003/07/11(金) 00:26 ◆その頃各地は 今回の宮城谷三国志◆ 今回は、各地の様子とその中で動く群雄候補達が語られています。中央においては、霊帝は相変わらず銭の亡者ですが、各地は激動の中にあります。 西では「戦国の名将・趙奢の、そして伏波将軍・馬援の子孫」馬騰が蜂起。羌族の女を母とする彼にとって、漢朝は二重の意味で憎むべき存在(羌族を虐げ、馬氏を軽んじた)。 北では張純が丘力居と組んで蜂起。その鎮圧に加わるべく、劉備は旗揚げします。時に劉備二十八歳、関羽二十九歳(!)、張飛十六歳(!)。 南では区星が蜂起。それを孫堅が鎮圧。 曹操は、病を理由に官を辞めます。そして、官位を銭で買った父を批判。父とは距離をおくとありますが…そうなると、徐州の件はどうなるのでしょうか。 劉焉は董扶の勧めもあって益州へ。そこで五斗米道や教母と接触します。 公孫サン【王+贊】は張純と激しく戦いますが、手柄は、徳によって乱をおさめた劉虞のものに。 強い劣等意識にさいなまれ、任侠をきどる事で男を上げようとする。感情を表に表さない事の描き方といい、今のところの劉備は、どこか陰鬱とした感じがあります。そして、そんな彼についていく関羽にも同様の感じが。 しかし、そんな彼らが、ともすれば人格を卑しくするこの戦禍の中で、人として成長していく…。 曹操・孫堅と比べると、明らかに出遅れている劉備は、どうやってその差を詰めるのでしょうか。
90:★ぐっこ 2003/07/18(金) 23:27 ようやく読みましたぜ〜! 三国志レギュラーもそろい踏みで、地方の反徒どもも元気良くて。 それにしても、まだ一人称的な視点を持つキャラクターが一人も 登場してないので、誰が主役か解らない物語ですが… とりあえず今回萌えたのは、劉備と公孫瓉。特に公孫瓉がタク県の県令 やってた時代に言及されてて(;´Д`)ハァハァ。劉備が気兼ねして公孫瓉 に面会を求めなかった、という解釈がカコイイ。公孫瓉も遠慮してるところ が、なんかツレっぽくていいですな… しかし劉備の黄巾後しばらくの行動に、人として劣る、と言う評価を 与えながら、これから先の飛躍的な成長に言及する辺り、主人公は 劉備になるのかしらん?
91:左平(仮名) 2003/08/11(月) 21:50 今回は、いきなり陰謀から始まります。合肥侯擁立未遂事件です。その一員には、あの陳蕃の子・陳逸の名も。曹操も誘われますが、拒否しています。 …ちくまの和訳では、この合肥侯は劉氏の一人であろうとしているのですが、宮城谷氏は違うと断言しています(後漢建国の功臣の一人の子孫らしいのですが、まだきちんと読んでなくて…)。 はて?後漢書を確認しないと。 西に目を向けると、王国・韓遂の乱が続いています。自らの勢力を涵養せんとする董卓が気乗り薄な中、皇甫嵩は敢然と戦い、みごと勝利。この後、二人の関係は悪化するそうで(まぁ、董卓からすれば面目を潰されたわけですから無理もありません)。 アサハルさんがまた喜びそうな?描かれ方です。 そんな中、霊帝が崩じます。桓帝に(宋皇后を死に追いやった事、桓帝の実弟・渤海王劉カイ【小+里】を自殺に追い込んだ事を)叱責される夢を見た直後に、といいますから、はなはだ格好悪いです。まさしく悪い意味での「霊」に相応しい最期。 後継者問題一つまともに処理してないのですから…。霊帝については、今までの三国志の中でも、最も情けない描かれ方ではないかと思えます。 その前の行動を指して、秦滅亡前夜を思わせる、とも…。 そして、何進と宦官達との暗闘の中、次回へ。いよいよ、風雲急を告げています。 そうそう、味好漢の一人が登場してましたよ。曹操と荀揩高く評価し、袁術にはなぜか憎まれた、あの人です。
92:左平(仮名) 2003/08/11(月) 22:14 中央研究院で後漢書をチェックしました。確か「堅」って姓だった様な…で探しましたら、ありました。 後漢書/列傳/卷二十二 朱景王杜馬劉傅堅馬列傳第十二/堅鐔というのが。 「(建武)六年,定封合肥侯.二十六年,卒.子鴻嗣.鴻卒,子浮嗣.浮卒,子雅嗣.」とあります。 しかし、そうなると、このク−デタ−未遂って、かなりのものでは…。もし事実なら、えらい事です。
93:★ぐっこ 2003/08/13(水) 20:18 ほう!ようやく劉宏崩御ですか!や――――っとこさ、馴染みのある三国志になった カンジですな! 実際、皇甫嵩ほか何人かの良将だけが気を吐いていた時代でしたよねえ…。 もうすでに半独立勢力じみていた董卓の兵団しかり、退廃的で自滅したとしか思えない 後漢王朝末期のドロドロした雰囲気が解るような気がします。 そんな中で、袁紹や袁術がどのような役割を果たしてゆくのか、いよいよ楽しみなカンジ。 早く読みたいな…。宮城谷先生って、何進をどう描いてましたっけ?私は「気分だけは竇武」 みたいな、平凡人が一生懸命背伸びしてる姿を想像してるわけですが… >合肥侯擁立事件 ( ̄□ ̄;)!! 私も皇族の誰かを立てる宮廷クーデーター程度と思ってましたわ! 劉氏以外を立てるのだとしたら、本当に大逆に当たる本格的な武力革命。 もし本当に別姓の皇帝を立てる反逆であるとすれば、いかに許攸がいたとはいえ、 よく曹操とか華歆とかに情報を漏らしたな と呆れるばかり。誰だって逃げ出すような。
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