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名士と君主権力
8: 2002/10/27(日) 21:03 ぐっこ(何か委員会総帥)[近畿] 投稿日:2001年06月02日 (土) 21時41分53秒 曹魏政権における名士層、というのは他の勢力ではちょっと見られない特異な存在かもしれませんね〜。もう魏末から晋にかけては世襲貴族のようなものでしたし…。 曹操が儒教の見えざる呪縛を引きちぎるために「文学」を選び、自らがその旗手として旧秩序を破壊していったという論、私は卓見だと思います! 後継者選びの基準に文才を据えた事についてはなお議論を待ちますが、「贅閹の遺醜」たる曹氏にとって、清流派名士ほど有用で迷惑な存在はなかったでしょうね。 潁川グループは、晋に移った後、一流半の貴族として代々の政権に根を張り生息している様子。このへんは、『六朝貴族社会の研究(岩波書店)』が詳しいです。 かわって豪族と中央との対立は、先にも述べましたが、まあメビウスの輪ですね〜。後漢王朝自体が、そもそも大豪族たちによって擁立された政権でしたから…。建国の雲台二八将も、広大な荘園と強力な私兵集団をもつ豪族が多く含まれてますね〜。 >孫ぽこ部長 むむ〜、なるほどお、孫策は揚州名士を弾圧して支配権を確保していったのですね〜。 土着の宗教…于吉あたりがそうですかな(^_^;)。 孫瑜や孫皎のような忠良の親族衆が続けて出なかったのも、孫氏の致命傷だったかも。まあ、外姓の傀儡に成り下がった曹氏よりはまだマシですが。 いや、この問題は極めて深い!一層の議論を期待します。
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