下
天下二分の計って
5:2002/10/27(日) 21:37
ぐっこ(何か委員会総帥)[近畿] > (2001/07/16(Mon) 23:58:44)
>香香様
赤壁のあと、あれだけ演義で悪役として幅きかせてた荊州豪族集団が、いつのまにか目立たなくなってますよねえ。この場合、曹操が彼らを中央に取り込んでしまったのでしょうか(劉備のほうへ付いてった連中もいるようですが)?
それができない孫氏の場合、地元豪族の支持を受けない限り荊州制圧も一朝のもの…。
省24
6:2002/10/27(日) 21:38
玉川雄一[関東] > (2001/07/19(Thu) 20:37:57)
私は理論系が苦手でして、また主題からは離れますが。
最近、光栄(当時)のゲーム事典を引っ張り出してきて読み返しているのですが、「三國志III」だか「IV」事典の「天下三分の計」か何かの項に、「この論の要点は、『いかに三分するか』ではなく『三分した天下をいかに統一するか』である」というのを見て、ああ、なるほどねと改めて感じました。
省10
7:2002/10/27(日) 21:38
ぐっこ(何か委員会総帥)[近畿] > (2001/07/20(Fri) 20:22:42)
おおッ!? なるほど、いわれてみれば三分した後が問題になりますよねえ〜。
基本的には、二つの勢力が一つの勢力を分け取りにして天下二分になり、最終的には全面対決に至る、というシナリオが予想されます。
絵空事の条約ではありますが、蜀のトウ芝と孫権が交わした天下二分案が、「天下三分の計」の結果ということになるでしょう。この後は、トウ芝が言ったように、天下の覇を賭けて両雄が激突する――と。
省8
8:age2011/10/26(水) 13:13:31 ID:PmtJjtiT0 [pipi@yahoo.co.jp]
たしかに萌えだな(*・ω・)☆ hemn.me/img/?d=3736041
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