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★三国志キャラの先祖・子孫を捜せ★
251:むじん 2003/12/07(日) 02:19 集解に…(^^;
252:★玉川雄一 2003/12/07(日) 09:50 Σ(゚Д゚;) ま た 集 解 か _| ̄|● これはもうむじんさんをラチカンキンした上で一日18時間集解漬けにして、 一刻も早く全訳を世に広めて頂くしかないんじゃなかろうか? ↑ 自分でも努力しろ
253:★ぐっこ 2003/12/07(日) 13:41 >>251 Σ(゚Д゚;) 詳細を! 集解欲しいよ。 ↑ って前の蒼天スレと同じやん… 義兄上、やっちゃおうよ。むじんさま拉致っちゃおうよ。
254:むじん 2003/12/08(月) 04:26 うわぁぁぁ拉致るれろろろ(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 拉致られる前にげろっちゃう。 『夏侯淵伝』荘,晋景陽皇后姉夫也. (集解)何シャク曰:「陽当作羊.此晋景献皇后也.」 陳景雲曰:「陽・羊古通用.欧陽集古録後漢熊喬跋碑云,碑中言:治欧羊尚書,以陽為羊.」 弼按晋書后妃伝,作景献羊皇后,后父ドウ,后母陳留蔡氏,漢左中郎将ヨウ之女也. 又案晋書羊コ伝,コ父ドウ,コ蔡ヨウ外孫,景献皇后同産弟. 拠此則ドウ有二婿,一為夏侯荘,一為司馬師也. 『夏侯淵伝』夏侯荘は晋の景陽皇后の姉婿である。 (集解)何シャクは言う。「陽は羊と作るべき。これは晋の景献皇后である。」 陳景雲は言う。「陽と羊は古代では通用していた。『欧陽修集』の古い記録では後漢の熊喬の碑文の奥書にいわく、碑文中に(熊喬は)『欧羊尚書』を修めたと言う。陽を羊としているのだ。」 盧弼が『晋書』后妃伝を調べてみると、景献羊皇后と作り、皇后の父は羊ドウといい、皇后の母は陳留の蔡氏で漢の左中郎将蔡ヨウの娘とある。 また『晋書』羊コ伝を調べると、羊コの父は羊ドウといい、羊コは蔡ヨウの外孫で、景献皇后の同腹の弟であるという。 これによれば、羊ドウには二人の娘婿がおり、一人は夏侯荘、一人は司馬師である。 つなみに陽と羊は現代語でも同じ発音(Yang2)ですね。 ああ、それと陽の字は少しあとの東晋時代の諱字になってます。本件とは関係なかったですが。 こんな感じです〜。
255:japan 2003/12/08(月) 20:29 >むじん様 詳しいご解説をありがとうございました。 景陽皇后=羊徽瑜でFAだったんですね。喉の小骨が取れた思いです(^^) >陽と羊は古代では通用していた。 そう言えば「三陽開泰」を「三羊開泰」と書いたりしますしね。 陽=羊と置き換えられる場合があるんだ…すっかり忘れてますた_| ̄|○ ただ、そうするとやっぱり『辛ピ伝』裴注の「夏侯湛は辛憲英の外孫」という記述が おかしくなってくるんですよね。 羊コの姉妹が母親なら、祖父は羊ドウではなく羊耽になるはずなのに… >>241で書いたとおり、夏侯荘が再婚したと解釈するしかないのでしょうか。 >ぐっこ様 >集解欲しいよ。 禿同です。大分前に某書店で在庫が無いか聞いてみたら、 「台湾からのお取り寄せになりますが…」とのことでした。 当時SARSが大流行していたので二の足を踏んでしまったのですが、 ウイルスが怖くて三国迷がやってられるか! と特攻すれば良かったです(´・ω・`)
256:japan 2003/12/08(月) 20:49 すいません、またしても書き間違いです。 ×羊コの姉妹が母親なら、祖父は羊ドウではなく羊耽になるはずなのに… ○羊コの姉妹が母親なら、祖父は羊耽ではなく羊ドウになるはずなのに… ああ、もう紛らわしい…これでは誤記(?)が生じるのも仕方が無いかもしれません。
257:むじん 2003/12/09(火) 15:40 それも集解に触れられてますが、あまり深入りせず、 「夏侯湛は羊ドウの外孫じゃろが」の一言で済ませてる模様です。 夏侯淵伝でも辛毘伝でも『世語』を引いてのことですから、 やはり誤字で片付けるのが正解かも知れないです。
258:★ぐっこ 2003/12/10(水) 23:31 むじん様ありがとうございます! …拉致漏らしたか… うーん、やはり文中の疑問をサクッと解決する人々がいるのですねえ… 景陽皇后=羊徽瑜…さきほど図で書いてみて、ようやく合点がいきました(^_^;) 一字の違いが、ここまで事態をややこしくさせるとは… それに、世語関連は誤字多し? うーむ… >集解欲しい… 欲スィ… 以前お値段的には購買可能と決断したのですが、分量ってば、どのくらい なもんなんでしょうか? ハードカバー正史1巻分(日本語だけど)=1セイシ と単位付けると、「三国志集解」は何セイシくらいなんでしょう…
259:むじん 2003/12/11(木) 01:55 中華書局版ですと精装B5判で1150ページほどになります。 厚みは1.8倍、紙面は1.5倍くらいかな。大きさでいえば2.7セイシ。 新聞紙のような紙材を使っているのであまり重くはないです。 26文字で1行、それが20行づつ上下に2段。裴注や集解はもっと小さいポ 。 文字数でいうと2*3セイシくらい。陳寿本文+裴松之注≒盧弼集解な感じ。 しかーし、これだけ分量あるのに1冊にまとめてしまってるんで、 開きにくいし、背も傷みやすいです。 後漢書集解みたいに上下2冊組みにしてくれたらよかったのにぃ……。
260:★ぐっこ 2003/12/11(木) 23:44 むじんさま、引き続きありがとうございます! げ、3セイシくらいは覚悟しないとダメなのか!和刻モノ後漢書で1600頁、三国志 でも1000頁くらい…まあ分量はそんなものか…。 うーん、後漢書全コピでキングファイル3冊使ったからなあ… 同じ規模を考えねばならんのか…って、買った方が遙かに安いのか、 この場合。 本は…会社のミニ製本機で無理矢理上下巻にしてしまうとするか(^_^;) やっぱりナニゲに良いこと書いてあるし、買うべきだろうなあ…
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