下
姓?氏?諱?字?
15:2002/11/01(金) 22:34
NOB 2002年01月14日月曜日 21時43分
> 漢字については、皇家や直系をさける程度のモノだったのでしょうか。
「部首が同じ」というくらいは気にしなかったのではないかと思いますが、「人と話すときには相手の父の名と同音の単語も言わないように気をつけていた」っていう話があったような…。
でも、玉川さんのおっしゃっている「諱と字が同じ例」なんかを見ますと、よく分からなくなりますね(笑)
省17
16:2002/11/01(金) 22:35
ぐっこ 2002年01月14日月曜日 23時24分
うーん、いちおう後漢代の教育制度見てたら、「幼童」と呼ばれる小学生が、13歳まで。
以降は個人的に師について学問し、一経を諳んじるまで教わる、と。後漢代の名門のおぼっちゃまは、この頃に字をつけたのかなあ、とも思います。ちなみにこのときの師というのは、父に次いで終生尊敬すべき存在であったらしいです。惇兄ィがキれたのもこの頃ですよね〜。
省12
17:2002/11/01(金) 22:36
黒竜 2002年01月15日火曜日 13時16分
また「姓氏考」からの引用ですが、
小字は一般的には動物(十二支など)や花などからとられたようです。
省11
18:2002/11/01(金) 22:36
ぐっこ 2002年01月15日火曜日 20時13分
黒竜様、情報感謝です〜!
小字、はニックネームみたいなモノですか〜。そういえば、「幼名」とは同じなんでしょうか…。
たしか幼名は、子供っぽく愛らしいモノか、正反対に魔除けとしてろくでもない名前を付けるか、どちらかと聞いたことはありますが…。
省8
19:2002/11/01(金) 22:36
黒竜 2002年01月15日火曜日 20時44分
さっそく調べました(二日も寝てるとエネルギーがあまります)。
曹髦が殺された直後の群臣の上奏に「皇太后殿下」とありますから
省8
20:2002/11/01(金) 22:37
黒竜 2002年01月15日火曜日 13時16分
また「姓氏考」からの引用ですが、
小字は一般的には動物(十二支など)や花などからとられたようです。
ただ正式な名前ではなく、あくまで気ままな呼び名なので厳密な形式はなかったともあります。
省10
21:2002/11/01(金) 22:37
黒竜 2002年01月15日火曜日 23時14分
失礼しました、勢いがありすぎて調査不足でした。
皇太后が陛下と呼ばれている例も見つかりました。
ひとつは霍光による昌邑王廃立の際の皇太后への上奏。
省11
22:2002/11/01(金) 22:37
黒竜 2002年01月16日水曜日 19時39分
いろいろ調べましたが、やはり上記三つが代表的な例のようです。
他には見当たりませんでした…
気になるのは、なぜほぼ同じ状況、立場にあった上官太后と郭太后が
省22
23:2002/11/01(金) 22:37
ぐっこ 2002年01月16日水曜日 23時09分
ぅお! 黒竜様、早速の調査ありがとうございます!
なるほど! 上疏文がありましたか…!
結果は…割れますか…(;^_^A 皇太后はコレ! 皇后はコレ! という厳密な規定は存在してなかったんですね〜。
省8
24:2002/11/01(金) 22:38
中根東竜 2002年01月17日木曜日 08時32分
どうも、お久しぶりです。
>ぐっこさん
省65
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