小説、書いてみました。
2:左平(仮名)2002/12/19(木) 23:22
『白き天』

一、

「狭いな」
男は、そう呟いた。年の頃は、二十歳を少し過ぎた程度であろうか。並外れた巨躯と、衣服の上からでも分かる盛り上がった筋肉が、ひときわ人目を引く。
太陽が男の真上で輝く、暑い夏の日であった。
「何が狭いってんだ?」
人がその呟きを聞けば、そう問うた事であろう。そして、答えを聞けば、男の正気を疑った事であろう。いや、あるいは「不敬である」と思うかも知れない。

ここは、洛陽(正確には、当時は【各+隹】陽と書かれた)。漢(後漢、東漢)王朝の都である。今、男が立っているのは、そのど真ん中であり、人々が、忙しく行き交っている。
洛陽は、その周囲三十里余り(当時の一里は、約415m。南北九里、東西七里)に達する。当時においては、漢王朝内はもとより、世界でも屈指の大都市であった。その大路は、幅数十丈(当時の一丈は、約2,3m)にも達する。周囲を囲む城壁は高いが、中心部にいると、それは目につかない。
大路から見上げる天は、実に広々と広がっている。その天が「狭い」と言ったこの男の名は、董卓。字を仲穎という。

「行くか、赤兎」
董卓は、愛馬・赤兎の首をひと撫ですると、ひらりとその背にまたがった。その巨躯には似合わぬ、軽やかな動きである。
「さて、どこへ行こうか…」
何も慌てる事はない。気楽な一人旅である。足の向くまま、気の向くまま。
「赤兎、おまえはどこへ行きたい?」
その言葉の意味が分かるのであろうか。赤兎は、すっと首を挙げ、はるか彼方を見つめた。
「そうか、西か…。よし、西に向かうぞ」

洛陽の城門を出て、西に向かう。空は高く澄み渡り、乾いた夏風が心地良い。
(遠駆けするにはもってこいの日和だな…)
ぼんやりとそんな事を考えながら、董卓は、今は亡き父の事を思った。奔放に生きる事を許された自分に対し、父は、常に重い責務を背負っていた様に思えてならなかった。
(父上。父上は、なぜそういう人生を歩まれたのですか?そして、私はどう生きれば良いのでしょうか?)
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