下
小説、書いてみました。
12:左平(仮名)2002/12/22(日) 00:50
十一、
「瑠よ。帰ったぞ」
族長は、帰って来るや、末娘の名を呼んだ。
「お帰りなさいませ、父さま」
「うむ。ところで、そなた、以前この集落にやって来た漢人の事を覚えておるか?」
「はい。董卓さまでございますね」
そう答える瑠の口調には、明るさがある。好意を抱いているのは間違いあるまい。
「そうだ。実はな。わしはあの男のところに行って来たのじゃ」
「えっ!? いかがなさったのですか?」
「いや、大した事ではない。近くを通ったので寄ったまでの事じゃ。…実はな、その時に、大層なもてなしを受けたのじゃよ」
「大層なもてなし?」
「うむ。あの男、大変な勇者じゃが、漢人の中では、貧しいらしい。一頭の牛しか飼っておらなかったのじゃよ。我らが来た時、あの男は、そのたった一頭の牛を調理して、もてなしてくれた。先には、三頭の鹿を振る舞ってくれた上に、このもてなし様。これほどの好意に、何とかして報いてやりたいのじゃ」
「はい」
「そこでじゃ。まず、ありったけの牛や馬、羊を集めてもらいたいのじゃ」
「それらを、董卓さまに贈られるのですね?」
「そうだ。そして、そなたに、それを届ける役目をつとめてもらいたい」
「えっ!? この私がですか? 兄さま達ではいけないのですか?」
「分からぬか。我らにとって、最も清らかなのは何かな?それに、董卓殿は、まだ独り身だぞ」
「あっ!…」
父の言わんとする事を悟った瑠は、思わず頬を赤くした。それは、つまり…。
「董卓さま−っ!」
ある朝の事である。外で、自分の名を呼ぶ声がする。
(朝早くから、一体誰だ?)
まだ眠い。体が重い。のろのろと寝床から這い出すと、眠い目をこすりながら外に出た。
「なっ! なっ…」
さすがの董卓も、これには驚いた。なにしろ、目の前には、数え切れないほどの牛馬・羊がいるのである。
「何だ!? 何事だ!?」
「うふふ。驚かれました? 董卓さま」
馬の上に、女が乗っている。どこか、見覚えがある様な…。
「えっ!? 誰だ?」
「え−っ、もぅ忘れちゃったんですかぁ−っ? 私です。あの時の。ほら、族長の末娘の」
「あぁ!思い出した。瑠殿か。見違えましたな」
事実、彼女の姿は、以前よりもずっと大人びていた。もう、りっぱな女の体である。
「これら全て、父からの贈り物です。二度も肉を振る舞っていただいた、そのお礼です」
「二度も、って、あわせてもたった四頭だったんだが…。これって、随分大げさじゃないのか? 一体、何頭連れて来たってんだ?」
「え−っとですね。確か、千頭くらいかな」
「せっ、千頭! そんなにゃいらねぇよ。第一、飼う場所がない」
「あら。これ全部、董卓さまにさしあげるんですよ。董卓さまのものなんですから、どう処分なさっても構いません。ご迷惑をおかけする事はないはずです」
「そ、そうか…。では、ありがたく頂戴いたす」
「はい。どうぞ」
「瑠殿。帰りは、どうなさるのですかな」
「帰り? いやですわ、董卓さま」
「えっ?」
「これら全部、って言いましたでしょ?」
「これらって、牛馬・羊じゃ…他に何か…?」
「もう一つ、あるでしょ?ほら、董卓さまの目の前にいる」
「ま、まさか…」
「えぇ。私もです」
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