下
小説、書いてみました。
6:左平(仮名)2002/12/22(日) 00:40
五、
董卓は、洛陽を出て、西に向かっていた。左手を向くと、はるか彼方には、急峻な山脈が広がっている。秦嶺山脈である。夏なので、さすがに冠雪は見えない。
「あれを越えるのはしんどいな…」
董卓は、北西に進路を取った。木々が少なくなり、徐々に風景が変わってゆくのが分かる。このまま進み続ければ、どこに着くのであろうか。
「まぁ、ゆっくり行くか…」
少し眠気を覚えた董卓は、軽くあくびをした。まだ旅は長い。一眠りするか。
「赤兎よ。ちょっと休むか」
そう言うと、すっとその背から降りた。赤兎も、疲れていたのだろう。主を背から降ろすと、すぐに伏せ、眼を閉じた。
野に寝転がると、雲が流れていくのが見える。同じ天であるのに、洛陽で見た天とは、どうしてこうも違って見えるのだろう。
(気のせいかな。ま、いいや。俺の頭じゃ、考えたって分かりゃしねぇしな)
董卓は、学問には全くと言っていいほど興味がない。そんな小難しい事に頭を悩ませるつもりなど、さらさらないのである。眼を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
一刻ほども眠ったであろうか。空腹感を覚えて目が覚めた。
「いけねっ。今日の晩飯はどうしたもんかな」
そうは言うが、彼にとってはさほど深刻な事ではない。野の獣の一匹もいれば、空腹は満たせるのである。頭をぐるっと回すと、ふっと獲物の気配が感じられた。学問は苦手だが、こういう勘は鋭いのである。
「え−っと…。おっ、あの辺りか。赤兎、おとなしく待ってろよ」
そう言うと、弓矢を携え、静かに獲物に近付いていった。常に風下に立つ様、慎重に進む。少しでも風上に出てしまうと、においで気付かれてしまうからだ。幸い、向こうはこちらに気付いていない様だ。
弓矢を構えると、素早く矢を放った。董卓の膂力は並外れている。その弓から放たれた矢は、放物線を描かずに一直線に飛び、一撃で獲物を仕留めてみせた。
「よし。これで俺の晩飯は確保できた。あとは、赤兎の餌だな」
懐から小刀を取り出すと、今度はあたりの草を刈り始めた。季節は夏。草も勢い良く生えているので、赤兎が食べるだけの草は、容易に得られた。
火打石を用いて火をおこし、仕留めた獲物をさばく。肉と臓物を火で炙り、残った骨で羹をこしらえると、いいにおいがしてきた。たまらず、むしゃぶりつく。旨い。
「これで、酒があれば言う事ないんだが。ま、それはしょうがないか」
食べ終わった頃、日が暮れた。今日は、ここで野宿である。赤兎が食べ残した草を布団がわりにし、眠りについた。
そんな旅が、数ヶ月にわたって続いた。季節が秋になりつつあった、そんなある日の事。
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