小説、書いてみました。
8:左平(仮名)2002/12/22(日) 00:45
七、

「えっ? このあたりには、獲物となる動物がいないのですか?」
「いや、そういう事はないが…。一人で、この集落の全員に振る舞うだけの肉を用意するというのか?」
「えぇ。獲物がいるのでしたら」
「信じられんな」
先の青年がつっかかってくる。
「漢人ごときに、そんな芸当ができるもんか。俺たちだってできねぇってのに」
「できるかどうか、やってみなけりゃ分からんだろ。ところで、この集落の人数はどのくらいですかな?」
「何? そんな事を聞いてどうしようと言うのじゃ?」
「なに、鹿の三頭も仕留めりゃいいかな、と…。それなら、矢五本もあれば十分ですよ」
董卓は、残りの矢を族長に投げ渡した。
「そなた、本気か?」
「えぇ。宴の用意をしていて下さいよ。久しぶりに、酒をいただきたい」
そう言うと、董卓は集落の外に駆け出した。

(獲物の群れさえ見つかりゃ、こっちのもんだ)
長い旅の間、董卓は、しばしば矢で獲物を仕留めていた。群れさえ見つかれば、三頭程度はすぐにでも獲らえられるという自信がある。
(風下に出ないとな…)
このあたりの地形・気候は、まだよく分かっていない。しかし、少しずつではあるが、獲物の気配というものが感じ取れる様に思える。必ず、この近くを獲物が通るはずである。
(このあたりで、しばらく待つか)
いつもとは違い、期限がある。だが、不思議と焦りはなかった。
(きたっ!)

鹿の群れである。数十頭はいそうだ。これなら、三頭くらいは獲られそうだ。草の陰から、狙いを定め、矢を放った。
(よしっ! まずは一頭仕留めたっ)
矢は、鹿の背に当たった。矢は背骨を砕き、一撃で致命傷を与えた。
(あと二頭。…一頭やられたんで、鹿どもが騒ぎ出したな。急がんと)
続けざまに、二の矢を放った。今度は、鹿の首を貫いた。これも、一撃であった。
(もう一頭。まずい。鹿が走り出した。二頭では足りん)
「赤兎っ! 行くぞっ!」
ぐずぐずしてはおられぬ。追いかけねば。董卓が飛び乗るや、赤兎は逃げようとする鹿の群れに向かって一直線に駆け出した。
(さすがに、騎射ではうまくいかんな…)
最初の二矢で二頭仕留めたというのに、次の二本はいずれもはずれてしまった。残り一本。
(当たってくれよ)
そう祈って最後の矢を放った。が、無情にも、矢は鹿の背をかすめただけであった。
(だめか…)
その、次の瞬間である。

(わっ、な、何だ)
かすかに背を揺らしたかと思うと、赤兎がいなないた。普段は滅多に声をあげない赤兎が。と、思うと、みるみる速度を上げていく。たちまちにして、鹿の群れに追いついた。のみならず、追い抜くほどの勢いである。
(すっ、すげぇな、赤兎。 …おっと、感心してる場合じゃねぇぞ。矢がない以上は!)
董卓は赤兎から飛び降りると、鹿の前に立った。鹿が角を向けて突進してくる。それをさっとよけ、角をつかむと、すかさず首を締め上げた。全身の血管が浮き出るほど、ぎりぎりと締め上げると、鹿はぐったりとし、動かなくなった。首の骨を折ったのである。
(ふぅ。これで、三頭仕留めたぞ)
あとは、集落に運ぶだけである。
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