小説、書いてみました。
9:左平(仮名)2002/12/22(日) 00:46
八、

「いかがですか。これだけあれば、皆さんに肉を振る舞えるかと思いますが」
そう言って、仕留めた獲物を差し出すと、周囲から喚声が起こった。まさか、漢人の青年が、たった一人でこれだけの獲物を仕留めて見せるとは。しかも、たった五本の矢で。
「董卓殿。見事ですな」
族長も、ただただ驚くばかりであった。

その夜。集落では大宴会が催された。今宵の主役は、もちろん董卓である。
(漢人は嫌いだが、この男は気に入った。正直で約束を守るし、何より、強い)
さっきは露骨なまでに敵意を示していた青年も、今は敬意を持って董卓を見つめている。

「さぁさぁ、飲まれよ。今宵は、そなたが主賓じゃ」
「これはこれは。かたじけない」
「しかし、見事な腕前よの。三頭の鹿を、わずか五本の矢で仕留めるとは」
「いやいや。二頭は、草陰から矢を放った仕留めたもの。騎射では、三回放って一本も当たりませなんだ」
「では、この一頭は?」
「それは、首を締め上げたのです」
「首を!? いやはや、なんという膂力じゃ。皆、聞いたか」
「うむ。このお方こそ、まことの勇者よ!」
「全くじゃ!」
皆、ますます董卓の事が気に入った様である。彼も、この集落が気に入った。素朴な羌族のあり様が、彼の性分に合うのである。

「ところで、どうしてこの集落の方々は漢語が分かるのですか?」
「ん? 別に大した事ではない。我らは、久しく漢人に混じって生活しておったからな。少しは漢語も分かるんじゃよ」
「そうですか」
それでその話は終わった。彼には、それが何を意味するのかまでは、さっぱり分からなかった。

ふと気付くと、彼をじっと見つめる少女がいる。
「族長。あの娘さんは?」
「ん? あぁ、あれか。わしの末娘の、瑠(りゅう)じゃよ」
「末娘、ですか…」
なかなかかわいい顔立ちをしているが、ようやく十代なかばといったところか。女は好きだが、彼女はまだ幼い。…待てよ。彼女が末娘という事は、姉がいるのか。彼女の姉なら、さぞかし美しいであろう。
女の事を考えると、久しぶりに、自分のものが起ちあがってくる。
「族長。あの娘さんの姉さんはどうなさったので?」
「姉か。あれは…死んだよ」
「死んだ…。そうでしたか。悪い事を聞いてしまいましたね」
「いや、いいんじゃよ」
そう言った族長は、目を細め、はるか彼方を見つめた。
(瑠のやつ、この男に惚れよったかの。まぁ、この男が瑠の事をどう思うかじゃが…。死んだ琳(りん)といい、瑠といい、やはり、血は争えぬのか…)

彼には、琳という娘がいた。大層美しい上に気立ても良く、自慢の娘だった。羌族の娘として生まれた彼女は、当然ながら漢人を敵視して育ったのだが…。どうした事か、その漢人の男に恋したのである。
男は、牛氏の人間だった。牛氏とは、後漢の初代護羌校尉・牛邯の一族であり、当然、羌族とは最も強い敵対関係にあった。よりによって、そんな相手を愛したのである。
当然、周囲は猛烈に反対した。しかし、禁断の恋であるからこそ、その恋はより激しいものとなった。二人は遂に結ばれてしまったのである。
…そして、二人の間には男の子が生まれた。琳は、その子を産むとすぐに死んでしまった。男の子は、相手の男が引き取っていった。その後の事は、分からない…

族長が、一人物思いに耽る中、宴は盛り上がり、そして、終わった。
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