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小説、書いてみました。
10:左平(仮名) 2002/12/22(日) 00:47 九、 朝がきた。朝日がまぶしい。ちと飲みすぎたか。少し頭が痛い。 羌族の生業は、主に遊牧である。夜の間、狼などに襲われない様一箇所に集められていた羊が、一斉に放たれ、思い思いに草を食んでいる。 広い緑の草原に、白い毛に覆われた羊たちが点々と散らばっているその姿は、天をそのまま地上に移した様にも見える。 羊が逃げたりしない様、見守っているのが、男達の主なつとめである。実際にやってみると相当大変な仕事なのだろうが、傍目には、えらくゆったりとして見える。少なくとも、期限に追い立てられるという事はない。空虚な礼教に縛られる事もない。 (羌族って、こんなにゆったりと暮らしているのか…) 董卓の脳裏に、亡き父・君雅の姿が浮かんだ。父は、いつも忙しそうにしていた。人々の為に、誰よりも懸命に仕事に励んでいた父。しかし、それは報いられたであろうか。 そう思うと、自分が生きている漢王朝が、えらくちっほけなものに感じられる。 (あの時、洛陽で見た天は…俺には狭く感じられた。洛陽で見た天も、ここで見る天も、同じ天であるはずなのに…) 董卓は、旅を続けた。各地で、羌族の族長と親交を深めた彼は、羌族の哀しい歴史(彼らは史書を編むという事はしなかったので、それらの話は、殆どが神話や伝説の形であったと考えられる)を知る事となる。 (俺は、一体何をすればいいんだ?) そういう迷いを得た彼は、一年余りの旅の後、故郷の隴西郡、臨トウ【シ+兆】に帰ってきた。 「兄上。ただいま戻りました」 「おぉ、卓。久しぶりだな。 旅は、どうだった?」 「はぁ。何とも言えないです。まだ、自分の進むべき道がはっきりとしない様なのです」 「そうか…。ま、考えてればいつか分かるさ。それまで、田でも耕すか」 「はい。そうします」 「たいしたものではないが…うちには幾許かの田と牛がある。私は母上や旻の世話をせねばならぬから、その全部をやるというわけにはいかんが、少し分けてやろう」 「よろしいのですか?」 「あぁ。 そなたの好きな様にしていいぞ」 「あっ、ありがとうございます!」 董卓は、兄から与えられた田を耕した。ひたすら仕事に励む事で、何かが得られそうな気がした。 この当時、田を耕すのに牛を用いるという事が始められていた様である。しかし、彼は余り牛を使わなかった。自分で田を耕し、とにかく、くたくたに疲れたかったのである。 そんな頃、彼を訪ねてくる者があった。
11:左平(仮名) 2002/12/22(日) 00:50 十、 「久しぶりですな、董卓殿。いや、漢の流儀で言えば、仲穎殿か」 「おぉ、あなたは! あの時の族長殿ではありませんか!」 「はは…。 まぁ、お元気で何よりじゃ。いかがお過ごしかな?」 「まぁ、おかげさまで。兄に田と牛を分けてもらいまして、何とか暮らしております」 「何と。そなたほどの勇者が、その程度の暮らしに甘んじておられるのか」 「いやいや、武勇といっても、ここでは何の役にも立たんのですよ。第一、狩りをしようにも、獲物もおりませんし」 「それはまた、物足りんのぅ…」 「そうだ、せっかくお越しいただいたのです。何かご馳走いたしましょう」 「いやいや、たまたま近くを通ったので寄ったまでの事。お気遣いは無用ですぞ」 「いえ、それではこちらの気がすみませぬ」 そう言うと、董卓は家屋に隣接する小屋に足を運んだ。 「兄上」 「ん? どうした?」 「実は、以前世話になった方がお見えなんです」 「うん」 「ご馳走しようと思うのだが、あいにく、何もないのです」 「で、どうしようってんだ?」 「こないだいただきました牛、あれを料理しようかと思いまして」 「牛を!? あの牛を食っちまったら、明日からどうやって田を耕すんだ?」 「それは、何とでもします」 「まぁ、そなたがいいと言うのなら構わんが…。うちにいる牛は少ないからな。もう分けてやるわけにもいかんぞ」 「構いません」 董卓は、自らの牛を殺し、それを調理して族長達をもてなした。 「さぁさぁ。粗末なものですが、紛れもなく牛の肉です。どうぞ、お召し上がり下され」 「よろしいのですかな? この牛は、そなたの田を耕すのに必要なものではないのですか?」 「いいんですよ。田を耕すのは、何とでもなります。幸い、体力は十分にありますしね」 「そうですか。では、いただきますぞ」 「どうぞどうぞ。少しですが、酒も支度いたしましたぞ」 「おぉ、酒まで。いや、これはこれは」 ささやかな宴が催された。それは、臨トウ【シ+兆】の人にとっては、珍しい光景であった。漢人と羌族とが、和やかに談笑しているのだから。 たらふく飲んで食べて、羌族の人々は帰っていった。彼らは、口々に董卓を賞賛した。なにしろ、自らの大事な財産を割いてもてなしてくれたのだから。 (漢人にあれほどの好意を受けるのは初めてじゃ。何とかして、それに報いてやりたいのぅ…)
12:左平(仮名) 2002/12/22(日) 00:50 十一、 「瑠よ。帰ったぞ」 族長は、帰って来るや、末娘の名を呼んだ。 「お帰りなさいませ、父さま」 「うむ。ところで、そなた、以前この集落にやって来た漢人の事を覚えておるか?」 「はい。董卓さまでございますね」 そう答える瑠の口調には、明るさがある。好意を抱いているのは間違いあるまい。 「そうだ。実はな。わしはあの男のところに行って来たのじゃ」 「えっ!? いかがなさったのですか?」 「いや、大した事ではない。近くを通ったので寄ったまでの事じゃ。…実はな、その時に、大層なもてなしを受けたのじゃよ」 「大層なもてなし?」 「うむ。あの男、大変な勇者じゃが、漢人の中では、貧しいらしい。一頭の牛しか飼っておらなかったのじゃよ。我らが来た時、あの男は、そのたった一頭の牛を調理して、もてなしてくれた。先には、三頭の鹿を振る舞ってくれた上に、このもてなし様。これほどの好意に、何とかして報いてやりたいのじゃ」 「はい」 「そこでじゃ。まず、ありったけの牛や馬、羊を集めてもらいたいのじゃ」 「それらを、董卓さまに贈られるのですね?」 「そうだ。そして、そなたに、それを届ける役目をつとめてもらいたい」 「えっ!? この私がですか? 兄さま達ではいけないのですか?」 「分からぬか。我らにとって、最も清らかなのは何かな?それに、董卓殿は、まだ独り身だぞ」 「あっ!…」 父の言わんとする事を悟った瑠は、思わず頬を赤くした。それは、つまり…。 「董卓さま−っ!」 ある朝の事である。外で、自分の名を呼ぶ声がする。 (朝早くから、一体誰だ?) まだ眠い。体が重い。のろのろと寝床から這い出すと、眠い目をこすりながら外に出た。 「なっ! なっ…」 さすがの董卓も、これには驚いた。なにしろ、目の前には、数え切れないほどの牛馬・羊がいるのである。 「何だ!? 何事だ!?」 「うふふ。驚かれました? 董卓さま」 馬の上に、女が乗っている。どこか、見覚えがある様な…。 「えっ!? 誰だ?」 「え−っ、もぅ忘れちゃったんですかぁ−っ? 私です。あの時の。ほら、族長の末娘の」 「あぁ!思い出した。瑠殿か。見違えましたな」 事実、彼女の姿は、以前よりもずっと大人びていた。もう、りっぱな女の体である。 「これら全て、父からの贈り物です。二度も肉を振る舞っていただいた、そのお礼です」 「二度も、って、あわせてもたった四頭だったんだが…。これって、随分大げさじゃないのか? 一体、何頭連れて来たってんだ?」 「え−っとですね。確か、千頭くらいかな」 「せっ、千頭! そんなにゃいらねぇよ。第一、飼う場所がない」 「あら。これ全部、董卓さまにさしあげるんですよ。董卓さまのものなんですから、どう処分なさっても構いません。ご迷惑をおかけする事はないはずです」 「そ、そうか…。では、ありがたく頂戴いたす」 「はい。どうぞ」 「瑠殿。帰りは、どうなさるのですかな」 「帰り? いやですわ、董卓さま」 「えっ?」 「これら全部、って言いましたでしょ?」 「これらって、牛馬・羊じゃ…他に何か…?」 「もう一つ、あるでしょ?ほら、董卓さまの目の前にいる」 「ま、まさか…」 「えぇ。私もです」
13:左平(仮名) 2002/12/22(日) 00:52 十二、 「そんな、いきなり言われてもなぁ…。婚儀もせにゃならんし…」 豪放な董卓も、この申し出には驚いた。それにしても、羌族の女の大胆なことよ。漢人であれば、こうはいかないであろう。まぁ、悪い気はしないが。 そんな事を考えていると、いつの間にか馬から下りた瑠が、彼の体にしがみついてきた。彼女の胸が当たってくる。ますます驚いた董卓は、動けなくなった。 「あら、鹿を素手で締め上げた勇者さまが、女の私に締め上げられてるなんて」 瑠は、そう言って面白そうに微笑む。その笑顔がまぶしく感じられた。笑顔、体、そして匂い。彼女の全てが、刺激的であった。たまらず欲情をもよおした董卓が、ぐっと彼女の体を抱いた。巨躯の彼からすれば小柄ではあるが、案外豊満な体である。 「きゃっ!?」 「驚いたか?」 「驚きますよ−っ。いきなりなんですもの」 「そっちもいきなりだったろうが。おあいこだよ」 「も−っ。董卓さまったら」 そう言って不機嫌そうにするさまも、また好ましく見える。 「おい、卓。朝から騒がしいが、どうしたんだ?」 おくれて家から出てきた兄が聞いてきた。 「あっ、兄上。実は…」 「うん…んっ!? なっ、何だ、あの牛馬は? 一体、どうしたんだ?」 「じ、実はですね…。以前、私が牛を客人に振る舞った事、覚えておられますか?」 「あぁ。なんせ、たった一頭の牛だったからな。忘れ様もないよ」 「実は、あの客人は羌族の族長でして…。あの時のお礼だって言うんですよ…」 「そうだったのか。それなら、ありがたくいただけばいいじゃないか」 「えぇ…まぁ…」 「おっ、そういえば、この娘さんは?」 「あぁ、彼女ですか。彼女が、この牛馬を持ってきたってんですよ。で…」 「始めまして、義兄上さま。わたし、このたび董卓さまの妻になりました、瑠と申します」 「つ、妻!? 卓、いつの間に?」 「いや、何と言うか…。いきなりこういう事になりまして…」 「そ、そうか。まぁ、いいじゃないか。卓。大事にしてやれよ」 「えぇ」 「他の事については、何も言わぬ。だが、妻を粗略に扱ったりするなよ。それだけは、父上も私も、許さんからな」 「はい」 「ところで、この牛馬を何とかせんとな…」 牛馬を収容する小屋を建てたり、人に貸したりして、ようやく片付いたのだが、大変な作業となった。その間は、さすがの董卓も、新妻に手を触れるどころではなかった。 ひととおり片付いた後、新婚夫婦は、数日にわたって家にこもりっきりだった。若い二人が家の中で何をしていたかは、言うまでもあるまい。 かくして、董卓の名は、隴西郡では知らぬ者がないというほど、有名になった。大量の牛馬によって董家も豊かになり、名門と呼ばれる一族ともつながりを持つ様になったのである。 桓帝の末年、選ばれて羽林郎となった董卓は、数多くの戦いに従軍し、活躍した。史書には、百戦以上にも及んだ、と書かれているから、毎年数回は戦っていた事になる。
14:左平(仮名) 2002/12/22(日) 00:59 十三、 光和七(西暦184)年。太平道が蜂起した。世にいう、黄巾の乱である。董卓も、その征討軍の一員として、前線に赴いていた。 既に五十に届こうかという年である。さすがに、自ら武器をとって戦うという事は少なくなっていた。とはいえ、ひとたび武器を手にとれば、そんじょそこらの兵どもには負けはしない。素手で鹿を締めた膂力は、なお健在であった。 眼前に、黄巾の賊の姿が見える。頭に黄色の布を巻いた群衆の姿は、あたかも黄河の奔流を思わせた。 (宮中にいる宦官やら官僚どもであれば、この光景を目の前にしただけでも震え上がるであろうな。いや、気絶してしまうかな?) 歴戦の猛将である董卓には、大敵を前にしてもなお、そんな事を考える余裕がある。 (あやつら、乱を起こすにあたって「蒼天すでに死す。黄天まさに立つべし」などとぬかしておったらしいな…。蒼天とは漢を、黄天とは太平道を指すのだろうが…。漢が、もう長くはないというのはいえるだろう。だが、黄巾の賊がそれにとって代わるほどのものか? 笑わせるな! 安易に妖しげな教えにすがる様な惰弱な輩のつくる政権が、まともなわけがないわ!) 漢の圧政に対して蜂起したという点においては、彼ら黄巾の賊と羌族とは似ている。人は、そう見るかも知れない。だが、董卓には、そうは思えなかった。 彼は、いつしか、煩瑣な礼教というものを敵視する様になっていた。彼にとって、素朴で精悍な羌族は、たとえ敵になったとしても、敬意をもってみる事ができた。しかし、眼前にいる、あの様な漢人には、敬意を払えそうにない。 董卓は、ふと頭を上げた。頭を上げたその先には、曇って白く見える天があった。 (白…。そういえば、白には「西方の色」「金」とかいう意味があるらしいな。そうだ、あっちは、西だ。…待てよ、やつらの説にのっとれば、青の次が黄だが…五行にのっとれば、その次は、白じゃねぇか! ふふ…そうか、そうなるのか…) 剣を抜き、それを天に向かってかざす。いよいよ、攻撃命令か。兵士達に、緊張が走る。 雲が切れ、切れ間から、陽光が差し込んでくる。光が剣先にあたり、輝きを四方に放った。戦場には似つかわしくない様な、汚れのない輝きであった。 「おぉ! 我らの前途を、天が祝福してくださっておるわ!」 兵士達が、喚声をあげる。士気は、十分だ。 (蒼天も、黄天も、このわしがすぐに終わらせてやるわ! 次は、白き天…。新たな世は、このわしが切り開いてくれようぞ!) 董卓は、心の中でそう叫んでいた。 「者ども! 突撃じゃ−っ!!」 「お−っ!!」 その叫びとともに、全軍が突撃していった。彼、董卓の戦いは、まだこれからである。 白き天 完
15:左平(仮名) 2002/12/22(日) 01:07 あまり構想を練らずに、勢いだけで書きましたので、ちょっと荒っぽいですが…。いかがでしょうか。 今回、これを書いたのには、二つの理由があります。 一つは、今回の宮城谷三国志に董卓が登場したもので、それに影響されて…(漢に虐げられる羌族に同情的というあたり)。 もう一つは、今考えている『牛氏』、第一部は牛輔を描く予定なのですが、どうしても岳父・董卓を抜きには考えられず、考えているうちに、董卓についての記述が長くなり、脱線しそうだったので、別の作品にしよう…と。
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