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小説 『牛氏』 第一部
122: 左平(仮名) 2004/05/24(月) 00:01 六十一、 一方、その頃− (殿!しばしお待ち下され!必ず、必ず…) 家人達は、かつて主の段ケイ【ヒ+火+頁】が推挙した者達のところに、次々と走り込んでいった。言うまでもなく、主を救うべく支援を求める為である。 「お助けください!我が主の段公が、司隷殿の属官に連れて行かれました!どうか!どうかご助力を!」 もうあたりは暗くなりつつあったが、そんな事には構っていられない。彼らは、必死に門前で訴え続けた。 しかし、反応は芳しくなかった。運良く話を聞いてもらえても、殆どの者は、ただ絶句するばかりで動こうとはしなかった。いや、それくらいならまだよい。中には、すげなく家人をつまみ出す者さえあった。 無理もない。対羌戦の英雄が、一転して罪人にされたというのである。下手に庇い立てでもしたら、かえって自分の身が危うくなる。誰もが、我が身がかわいいという事であろうか。 「出て行けっ!わしを巻き添えにするつもりかっ!」 「何と恩知らずなっ!それでもあなたは士大夫ですか!」 「何とでも言え!なんじら如き下人が何をいっても誰も聞かぬわ!」 (これが儒の教えを修めた者の態度か…!) 彼らの忘恩の態度が腹立たしかった。しかし、主を救うには、誰かの助力を仰ぐしかない。 (そうだ…董氏ならば、あるいは…) こんなところでぐずぐずしていてもしょうがない。ここは、噂に聞く董氏(董卓)の義侠心に頼るほかない。 当時、董卓は西域戊己校尉の任にあった。文字通り、西域に睨みをきかせる要職であるから、政治的影響力という点においても十分な立場であると言えよう。ただ、董卓自身は任地に赴いているから、都から直接そこへ向かうわけにはいかない。事は一刻を争うのである。 幸い、その弟の董旻が都に居を構えている。家人は、その邸宅に向かう事にした。 (叔穎【董旻】殿の事はよく知らんが…あの董氏の弟君だから、まさか段公を見捨てる様な事はあるまい) 果たして、その期待は、裏切られなかった。 「何!段公が!」 それは、董旻にとっても大きな衝撃であり、しばしその場で体を硬直させた。しかし、その衝撃に対して思考停止の状態に陥ったりはしなかった。それだけでも、他の者達の態度とは大きく違っていた。 「して、その時の状況は?そなたが知っている限りの事を聞かせてくれ」 (さすがは董氏だ) 家人は、少し安堵した。これなら、何らかの手を打ってくれるに違いない。 「はい。司隷殿(陽球)は、主と王中常侍との関係のゆえを以って、主を連れて行きました。どういう事なのかは、私にはよく分かりませんが…。ですが、司隷殿と王中常侍とはどうも対立していた様ですので、主が危ういというのは確かです。我らは主を救うべくあちこちにご助力を求めておりますが、未だに芳しい返事を頂いておりません。司隷殿の人となりは苛酷と伺っておりますれば、ご高齢の主の体が心配でなりません」 「そうか。分かった、しばらく休んでおれ。直ちに兄上に使いを出すとともに、わしからも宮廷に問い合わせてみよう」 彼自身は、兄の董卓ほどの卓越した能力は持っていないものの、都において、兄の耳目となるべく確かな働きを見せている。この時も、彼なりに出来うる限りの措置をとろうとした。
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