小説 『牛氏』 第一部
128:左平(仮名) 2004/09/05(日) 23:28AAS
六十四、

翌朝−。

「どうだ、眠れたか」
そう聞く者自身、まだ夢うつつの中にいる感がある。あれ以来、邸内の者は皆よく眠れていないのである。
「いや、眠ろうと眼を閉じてはいたのだが…眠りが浅かったな。どうも頭がふらふらする様な感じがする」
「そうか…。じゃ、出立は明日にするか。寝ぼけたままで馬を走らせるのもまずいしな…」
「そうしたいところだが…そうもいくまい。悪い知らせだが…いや、悪い知らせだからこそ、早く伝えねばならないし…」
「そうか…そうだな…。今後の事もあるしな…」
「ところで、王中常侍達の亡骸は晒されていると聞いたが…」
「ああ。なんでも、夏城門のところに磔にされているそうだ」
「それじゃ棄市(斬首後、屍を市に晒す)と変わらんではないか。段公の亡骸は、まさかそんなところにはないだろうな」
「それはなかろう。段公は士大夫だしな。しかし…あの司隷殿だからな。心配なところではあるなぁ…」
「念の為だ。見届けておこう。その後、出立する」
「そうするか」

『賊臣王甫』
磔にされた屍の横に札が掲げられ、大きくそう書かれていた。民衆達がその屍に群がり、叩いたり蹴ったり肉を切り刻んだりする様は、いかに相手が大罪を犯した咎で誅殺された者とはいえ、何とも凄惨なものである。
ここで王甫達に同情的な言葉を吐けば、自分達も直ちにあの様にされるのではなかろうか。そう思わせるほど、王甫達は忌み嫌われていたのである。
しかし、董卓の家人である彼らにとっては、あの段公と付き合いがあったという事があるだけに、そこまで非難する事はできない。
「こ、この屍は…」
「どうだい、驚いたか?」
「そりゃまぁ…。第一、顔以外もう人間の姿じゃないし…。晒されてからまだ何日も経ってないのに、もうこんなになったってんですか?凄いな…」
「まぁな。って言うか…晒された時点でもう顔しか分からない様になってたがね」
「そんなになってたってんですか?」
(司隷殿の事だからただ殺すだけでは済まないとは思ってたが…そこまでするのか)
王甫達への同情はないが、そこまでに至る経過を考えると、思わず背筋に寒気が走った。董卓配下の一人としては、戦場では一歩も引かないという自信があるが、これはまた別ものである。
「ああ。司隷様も、また派手になさったもんよ。おかげで、こっちの楽しみが減っちまったがね」
「…。と、ところで晒されてるのはどういった連中なんです?王甫の他には?」
「ええっとな…。確か、王甫とその養子どもだ。他には…どうだったかな?まぁ、いい意味で名の知られてるやつはいなかったはずだよ」
「そうですか…」
(良かった。段公の亡骸は、どうやらご無事の様だ)
それだけが、彼らにとってのかすかな救いであった。
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