小説 『牛氏』 第一部
26:左平(仮名)2003/03/16(日) 21:37AAS
十三、

「おいおい。そう驚くなよ」
「おっ、驚かないわけがないでしょ! 従兄妹同士が交わったなどとは…。それでは、私達は禽獣以下という事ですか!」
「わっ、わたし、もぅ…」
二人とも、泣き顔になっている。こんな事が明るみになれば、人から何と言われるだろうか。その事を考えると、前途には絶望しかない。
「だから、驚くなと言っとるだろうが!よく考えろ。輔よ。そなたの姓は何だ?」
「牛です」
「では、姜の姓は?」
「董、ですが…」
「ほれ。二人は、姓が異なるであろうが」
「あっ…。そういえば…」
「孝恵皇帝(劉盈。劉邦の子で、前漢の二代皇帝)は、実の姪である張氏(恵帝の姉・魯元公主の娘)を皇后に迎えられたというし、孝武皇帝(劉徹。前漢の武帝)は、従兄妹である陳氏(陳氏の母・館陶公主は、武帝の父・景帝の姉)を皇后になさったではないか。その事で、何か非難されたか?」
「そっ、そういえばそうですね…」
「帝室においてもそうなのだ。ましてや、臣下たる我らの間でそういう事があっても不思議ではあるまい。姜が取り乱したのはまぁしょうがなかろう。しかしな。輔よ、そなたも一緒に慌ててはいかんな」
「はい…。気をつけます」
(いかんいかん。俺ももう結婚してるのだし、もっとしっかりしないと。…それにしても、父上はどうしてこうも落ち着いておられるのだ?)
ちょっと引っかかるものはあったが、その話はそれっきりであった。まぁ、もう過ぎた事だ。

「で、もう一つの話だが…。こちらの方が本題なのだが…」
「はい」
いきなりあれほどの衝撃的な話を聞かされたのだ。もう、大抵の事には驚かない。
「董郎中殿がな、そなた達を別邸に迎えたいとおっしゃったのだ」
「はぁっ!?」
驚かないつもりであったが、やはり驚かざるを得なかった。董郎中殿は、なぜその様な事をおっしゃったのか? 確かに、先の話ほどの衝撃ではないものの、冷静に考えると、その意味はより重いものがある。
「何でもな。『我が家は、武門である。都を向き、朝廷に仕える一方で、今後も、西で戦う事があろう。その時、西の事を委細もらさず把握する為には、この地に我が耳目となる人間が必要なのだ』という事であった」
「私に、その耳目になれという事ですか?」
「そういう事だ」
「はぁ…」
「この件については、わしからは返事をしておらん。そなたと姜の気持ち次第だ」
「…分かりました。明日には、返事をいたします」
そう言うと、牛輔は席を立とうとした。その顔は、固いままであった。
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