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小説 『牛氏』 第一部
40:左平(仮名)2003/05/04(日) 02:15AAS
二十、
考えてみれば、そうであろう。この時代の人士で、『孫子』を読んでいて『左伝』を読んでいないという様な者はまずおるまい。
そう言われると、自分の知識の浅薄さが、急に恥ずかしくなった。
義父は、経験と学問を積む事で、その人物・思考に確かな厚みを持っている。それに比べ、自分は…。牛輔は、黙りこくったまま、うなだれるしかなかった。
「そんなに気にするな。そなたの諌言が、我らの気の緩みを引き締めてくれたのは確かなのだからな。周りをよく見よ」
確かに、酒が入っているにも関わらず、騒ぐ兵はいない。しかし、その言葉を額面通りに受け取る事はできなかった。
(確かに、私の言葉が少しは役に立ったのかも知れない。だが…)
董卓といい、兵達といい、幾度も戦場を駆け巡り、死線をかいくぐって来た者達である。そんな彼らに、新参の自分如きが口をはさんでも、恥を晒しただけではなかったか。恥ずかしいやら情けないやら。
「おい、どうだ。そなたも一杯」
「はっ、はぁ…。では、頂きます」
杯を渡された牛輔は、一気にその中の酒を飲み干した。ここが戦場である事は承知しているが、あれこれ考えていると、何だか酔っ払ってしまいたくなった。
「おいおい、そんなに急いで飲まずとも良かろうに」
「えぇ。ですが…何だか、飲みたくなってきました」
「そうか。では、もう一杯いくか」
「では」
酔っ払おうかと思ったものの、そんなには飲めなかった。すぐに眠たくなったからである。そのまま横になると、たちまちのうちに眠りに落ちた。
しばらくして目が覚めた。あたりはまだ暗く、兵達も、見張りに立つ者を除いては、皆熟睡している。
やはり、この時期に野外で眠るのは、ちと寒い。眠っている者を見ると、適当な枯草やら中身を出した嚢やらを夜具の代わりにしている。中には、戦死した仲間の上着を頂戴している輩もいる。
(はぁ…。味気ないな。いつもなら、姜を抱いてるところなんだが)
そんな事がすぐに思い浮かぶあたり、やはり新婚である。
朝までには、まだ時間があろう。もう少し眠っておきたいところであるが、このままでは寒い。何か夜具の代わりになるものはないか。牛輔は、半ば寝ぼけつつ、あたりを物色した。
「案外、ないもんだな。かといって、火をおこすわけにもいかないし」
そうつぶやきつつ、陣中をうろうろしていた。
ふと見ると、こんな時間に一人立っている者がいる。暗いので、はっきりとは見えないが、巨躯の男であるらしい。
(あれ? あれは…誰だっけ?)
いつもなら、そんな人影に近付くはずもないのであるが、眠気で頭が鈍っていたせいか、ふらふらとそちらに向かっていった。
「そんな所で何してるんだ?」
そう、何の気なしに声をかけた。
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