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小説 『牛氏』 第一部
47:左平(仮名) 2003/05/18(日) 21:22 数日後。董卓とその家族が訪れ、一族が揃った頃、姜は産室に入った。庶民の場合は、産婦が一人で身の回りの処理をする事もあった様だが、地方豪族たる牛氏の妻ともなれば、そういう事はなかったであろう。とはいえ、産みの苦しみ自体は、どうする事もできない。 (無事に産まれてくれよ) もう、気が気ではない。夫である牛輔は、席が温まる暇もなく、立ったり座ったりを繰り返せば、父の董卓も、落ち着いている様に見せてはいるものの、時々せわしなく体を揺らしている。 こういう時には、男達は何の役にも立たない。その能力とはかかわりなく。 「伯扶殿、その様にそわそわなさっていても何にもなりませんよ」 さすがに何度も出産を経験している義母の瑠は落ち着いている。 「分かっております。分かってはいるのですが…。なにしろ、姜は初産ですし」 「あの子はわたしの娘ですよ。この程度の事で根をあげたりはしません」 「はぁ…」 そんな状態が数刻も続いた。 先の戦いの時もそうだったが、こういう時の時間の進み方は、どこか不思議なものである。 早いと感じる瞬間があれば、遅いと感じる瞬間もある。そして、過ぎ去っても「過ぎてみれば短かったな」とは思えない。 悶々とした時間がこのままずっと続くかの様な、そんな感覚に襲われたその時、産室の方で声があがった。 「産まれた!」 最初に気づいたのは、瑠だった。牛輔はといえば、緊張が続いた事に疲れたのか、心ここにあらずといったふうである。董卓に至っては、席に座ったままうとうとしている。 「あなた、伯扶殿、何をぼんやりなさっているのですか! 産まれましたよ!」 「えっ? あっ、はぁ…」 「んっ? そっ、そうか…」 なかば叩き起こされる様な感じである。勇将・董卓も、愛妻の前では形無しといったところか。 そそくさと産室に向かう瑠に対し、男二人の動きは、ゆっくりとしたものであった。落ち着いているのではない。精神的な疲労のせいで、やけに体が重いのである。 「おい、伯扶」 「何でしょうか」 「もう少し、しゃきっとしたらどうだ。初めて我が子に会うのにそんなくたびれた姿をさらしてどうする」 「義父上こそ。初孫ですぞ」 「まぁな」 そんなやりとりをしている間に、二人は産室の前に立っていた。
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