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小説 『牛氏』 第一部
60:左平(仮名) 2003/07/06(日) 21:15 三十、 「さて、最後はそなただな」 笑い終わった董卓は、もう一人の男に声をかけた。 「えぇ」 男は、愛想なしに一言そう答えた。先の二人に比べると、いささかもの堅い感じがする。我が強そうだ。悪い男ではなさそうだが、いささか扱いにくそうにも見える。 「私は、張済と申します。武威郡祖q県の出です(彼自身の出身地は不明。ただし、史書には『(張済の族子の)張繍は武威郡祖q県の人』とあるから、同じではないかと考えられる)」 「そなたも、字はないのかい?」 「ええ、ありません」 「年は?」 「二十を少し過ぎました」 「そうか。では、ちょっと待ってくれないか。そなたの為に字を考える事にしよう」 「いえ、その必要はありません」 「えっ?」 虚をつかれた牛輔は、一瞬きょとんとした。 (さっきのがまずかったかな) 確かに、あんな字をつけられてはたまったものではあるまい。とはいえ、張済は既に二十歳を過ぎているという。未成年であった郭レはともかく、成人している張済に字がないというのは、ちょっとまずいのではなかろうか。 「義父上、彼はこう申しておりますが」 「ああ。こいつには字をつける必要はないよ」 「なぜですか?」 「なぜって言われてもなぁ…。こいつは、以前から字をつけようとはしないんだよ。本人が『いらない』と言ってるのを無理につける事はあるまい」 「まぁ、そうなのですが…」 さっきまでとは違い、いささか堅い雰囲気になった感がある。 その、気まずい雰囲気を察したのか、張済は、自ら重い口を開いた。 「不愉快な思いをさせてしまった様ですね。その事については深くお詫びします。ですが、それでも、私は字をつけるつもりはございません。この事はご理解頂きたく存じます」 「いや、詫びる事はないよ。こういうものは、無理強いするものではないし。…ただ、どうして字をつけようとはしないんだい?教えてくれないかな」 「そうですね。お話しいたしましょう」 そう言うと、一呼吸おいてから、彼は自らの事を語り始めた。 それは恐らく、董卓や李カク【イ+鶴−鳥】・郭レにとっても初耳なのであろう。皆、張済の方を向き、その言葉にじっと耳を傾けている。 これから直属の上司となる牛輔が、彼の言葉を一語一句聞き逃すまいとしたのは言うまでもない。
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