小説 『牛氏』 第一部
7:左平(仮名)2003/01/05(日) 23:56
「おぉ、瑠か。どうだ、そなたも飲むか?」
「そう言われれば飲みますけど…。いいのですか?お仕事の方はいかがなさったのです?」
「あぁ、だいたい片付いてるし、明日は休みだ。構わんよ」
「じゃぁ…」
そう言うと、彼女は夫の横に座り、その体にもたれかかった。
「ねぇ…」
省28
8:左平(仮名)2003/01/13(月) 21:06
四、

同じ頃。月を眺めつつ、酒を呑む男がもう一人いた。牛輔の父である。
(輔も、もうそういう年なんだな。月日の経つのは早いもんだ。あれから、もう二十年以上も経つのか…)
そう感慨にふける彼の脳裏に、二十数年前の事が、鮮やかに思い起こされた。

省39
9:左平(仮名)2003/01/13(月) 21:09
「では、琳さん。私は帰らないといけないので」
「あの…。朗さん」
「何でしょうか?」
「また…お会いする事はできませんか?」
「えっ? いや…その…」
意外な言葉であった。彼女の方も、自分に気があるのだろうか?だとすれば、願ってもない。
省38
10:左平(仮名)2003/01/19(日) 21:37
五、

「琳さん…」
「はい」
「私と…ずっとこうして頂けますか」
「それは…夫婦になろう、という事ですか?」
省42
11:左平(仮名)2003/01/19(日) 21:38
「私達の関係がただならぬものとなれば、双方とも、追認するしかないはずです。あなたは既に男を知ってしまったし、私も、他家の女に手を出してしまった。あなたを私以外の男に嫁がせる事は難しいし、私も、あなた以外の女を妻に迎える事は難しい。そんな事をすれば、双方の家名は落ちてしまうでしょうから…」
「えぇ。そうなりますね」
「もちろん、危険な賭けなんだけど…他に考えつかなかった…」
「ねぇ、朗さん」
「どうしました?」
「行きましょ」
省46
12:左平(仮名)2003/01/26(日) 00:43
六、

「あっ…!」
門を守る家人は、驚きを隠せなかった様で、しばらく動かなかった。二人は、馬から降りるとそのまま牛朗の居室に入り、もつれ合う様に倒れ込んだ。

牛朗は、男女の事については初めてである。おおよその事は知っているつもりであるが…。慌しく衣を脱ぐと、互いの体を愛撫し合う。
省39
13:左平(仮名)2003/01/26(日) 00:47
「こっ、これは!」
「私達の仲が認められないとなれば、牛氏の男が他家の女を弄んだという不名誉な事になるのですよ!」
「そなた…本気で言っているのか!?」
「はい」
「勘当しても良いのだぞ!」
「構いません。そうなればなったで、司馬相如【前漢の文人。賦にすぐれた。富豪の娘であった卓文君と恋仲となり、彼女の父親に反対されると、駆け落ち同然の形で結婚した。彼女の邸宅の前で夫婦して屋台を経営した為、ついにその仲を認められたという逸話を持つ】に倣うまでです」
省38
14:左平(仮名)2003/02/02(日) 22:44
七、

それからしばらくの時が流れ、季節は夏になろうとしていた。
牛輔の心の中にはなおも戸惑いがあったが、既に決まった話である。
(まぁ、董郎中殿は董郎中殿。娘さんは娘さんだ。性格・容貌ともそっくりという事はなかろう…)
そう、前向きに考えるしかない。
省36
15:左平(仮名)2003/02/02(日) 22:46
そう言うと、父は座り直した。なるほど、長い話になりそうである。
「そなたの名である『輔』という字にどういう意味があるかは分かるか?」
「はい。そもそもの意味は、車輪を補強する為のそえぎ、ですね。で、それ故『たすける』という意味になる、と学んでおります」
「そうだ。では聞こう。そなたは、この家の嫡男である。そのそなたに、何故『輔』という名をつけたと思う?」
「えっ?」
そう言えば、そうだ。嫡男である自分が、一体何を「たすける」というのだろうか?
省35
16:左平(仮名)2003/02/09(日) 21:45
八、

夕刻となった。太陽は地平線に没しつつあり、強烈な陽光も和らいでいる。少し風が吹いてきた。ここ隴西は内陸部であり、湿度は低い。頬に当たる、乾いた風が心地良い。
いよいよ、親迎である。今日、ついに、妻となる女(ひと)と会う事になるのだ。彼女はいま、牛氏の邸宅にほど近い、董氏の別邸で待っている。もちろん、父の董卓も一緒だ。
牛輔の心は、否応なしに高まっていた。

省29
1-AA