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小説 『牛氏』 第一部
91:左平(仮名)2003/10/19(日) 23:49
「殿!羌族が動き始めましたぞ!」
季節が秋から冬に向かいつつあったある日、盈がそう言いながら駆け込んできた。それは間違いなく急報であり、事態が切迫している事を感じさせる。
「そうか、来たか。で、兵力はいかほどだ?」
「完全にはつかめておりませんが…およそ千ほど」
「千か…」
牛氏・董氏の両軍団の兵員を総動員すれば、数の上では十分に上回る。三千も用意すれば十分であろう。もう何度となく戦いを重ねているので、このあたりの計算は慣れたものである。
「よし!出撃するぞ!直ちに支度にかかれ! 盈、さらに敵の様子を探っておけ!」
「はっ!」
家人達に指示が飛び、支度が整えられ、そして、出撃となる。それは、もう見慣れた光景でさえあった。数日後の凱旋を、誰も疑いもしない。確かにきちんと偵察はしているし、兵力も相手を上回っているのであるから、そう考えるのも無理はないのであるが…。
「来たか、牛氏よ」
牛輔の出撃の知らせを受けた羌族の将は、そう言うと不敵な笑みを浮かべた。
知らせによると、敵兵力は約三千との事である。確かに数では劣っているし、兵の質も近頃ではどうかというところであるが、どうにもならないという程の差ではない。
何より心強いのは、敵の出方が全くいつも通りだという事である。となれば、こちらの兵力はともかく、戦法などは考慮しておるまい。
(見ておれよ。いつもいつもやられっ放しではおるものか)
彼は、これまで何度も董卓や牛輔と戦い、そのたびに手痛い敗北を喫してきた。多くの仲間を失いもした。しかし、苦難は確かに人を成長させるし、力で劣る様になれば、おのずと知恵を使おうという気にもなる。
今まで相手が使ってきた知恵−陣形とか伏兵といった戦術−をこちらも使おうというのである。
出撃時の様子から推察するに、相手はまだこちらの考えに気づいていないのであろう。それならば、勝機は十分にある。
「大将!敵が見えてきましたぜ!」
「そうか。分かった、すぐそちらに行く」
そう言うと、その将は口元の笑みを消した。
(死んでいった仲間達の復讐が、これから始まる)
そう言い聞かせていた。
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