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小説 『牛氏』 第一部
94:左平(仮名) 2003/11/02(日) 21:44 四十七、 「話は分かった。しかし、それだけの兵があれば良いのか?」 「はい。私が率いる部隊は、あくまでも陽動部隊です。ですから、この程度の人数で十分です」 「しかし、それならそれで、どうしてその様な者達を使うのだ?必要ならば、もっと精鋭を引き連れても良いのだぞ?」 「お言葉は嬉しいですが、この策を成功させるのには、この者達こそが最適なのです。少なくとも、私はそう判断しました」 「そういうものか」 よくは分からないが、でまかせというわけでもなさそうだ。それに、このまま手をこまねいていても、状況は好転するはずもない。ここは一つ、賈ク【言+羽】の言う策に賭けてみるしかあるまい。 「分かった。その策を実行してくれ」 「私がお話ししたのは策の概要だけですが…詳しくお聞きにならなくてよろしいのですか?」 「良い。そなたの策だ、きっとうまくいく事であろう。それに、うまくいって生還すれば、詳細などいくらでも聞けるしな」 「確かに。失敗して私が死ぬ様でしたら、所詮その程度の策という事ですしね。それでしたら聞くには値しませんし」 「そうだな」 「では、私からの合図が出ましたら、頭上に注意しつつ一斉に前後に突進して窪地から脱出してください。窪地を出ましたら二手に別れ、左右から敵を挟撃する形をとります。よろしいですか、兵達が上の様子に気付かぬうちに、素早く動くのです」 「分かった」 牛輔は、この作戦の実行を了承した。そして、全軍にその旨の指示が知らされた。 明日の朝、日が昇ろうかという頃には、全てが決まる。 少し眠っておこう。そう思うものの、やはり目がさえて眠れない。地面の上に横になると、微かに星が瞬いているのが見えた。今日は雲が多いので、微かな星明りを除くと、あたりは漆黒の闇の中にある。 双方の兵がすっかり深い眠りにいる中、賈ク【言+羽】の率いる部隊が密やかに動き始めた。 牛輔が不思議に思ったのも無理はない。何騎かの精鋭はいるものの、この部隊の大半は、ろくに武器も持った事のない者達なのである。彼らのほとんどは輜重に携わる人夫であり、賈ク【言+羽】はその一人一人の人相から性格までに至るまで掌握しているというのがせめてもの取り柄といったところではあるのだが。 「おら達、一体何しに集められたんだ?」 「さぁ、分かんね」 「隊長は、あの孝廉様だな。あの方、兵を率いた事があったっけ?」 「いや、ねぇはずだぞ。おらが知ってる限りでは」 「んじゃ、これって脱走か?」 「いや、殿様直々のご命令だってよ」 「どうしようってのかな。分かんねぇな」 「ああ。それに、こりゃ何だ?戦うんだから戟とか戈を持つのは分かるけど」 よく見ると、各々の得物の刃先には、皆袋がかけられている。 「暗闇の中で光ったらまずいって事じゃねぇか?」 多少知恵の回る者がそんな事を言う。 「んじゃ、何でこんなに膨らんでるんだ?」 「さ、さぁ…。そこまでは分かんねぇな」 彼らには、まだ詳細な指示は与えられていない。この様な役目は、隠密行動が鉄則だから。 「皆、揃ったか」 この小部隊の長である賈ク【言+羽】が姿を現した。痩身である為か、初めての指揮である為か、兵達からすると、その甲冑姿はやや心もとなく見える。しかし、その顔には確かに自信のほどがうかがえるのも、また事実である。 「孝廉様。おら達は何をすりゃいいんですか?」 皆、先を争う様にそう問うてきた。 「それを、これから説明するのだ。よいか、私がどの様な指示をしようとも、必ず従うのだぞ。よいな」 「そのくらい分かっておりやすよ。軍律に背いたら斬られても文句は言えないって事でしょ?」 「そうだ。では説明しよう」
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