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小説 『牛氏』 第一部
126:左平(仮名) 2004/07/12(月) 00:14 六十三、 董卓の話はかなり長いものとなったが、属官達は、その言葉を漏らさず書き留めた。続いては、その編集である。 「ここの言い方はこれでよいのか?上奏文として問題はないか?」 彼にしては、珍しく文面にこだわりを見せる。普段なら「まぁ、こんなものでよかろう」の一言で終わるところなのに。 (この様な殿のお姿は初めてだ。段公とは、それほどのお方か) 初めはわけも分からずにいた属官達も、徐々に真剣になっていった。 現在では『三人寄れば文殊の知恵』という言葉があるが、仏教がさほど普及しておらず、そういう言い方はなかった当時にあっても、多くの人々が知恵を持ち寄る事の大切さには変わりない。頼りになる賈ク【言+羽】は今ここにはいないが、皆の力を合わせれば何とかなりそうだ。董卓は、そう思い直した。 「修辞上は、他にも言い方があるでしょう。しかし、今回はあまり飾らない方がよろしいかと」 「いや、ここは別の字句を充てた方がよろしいでしょう。飾り過ぎない方がよいというのは同意ですが、やはり荘重さは必要です」 普段は手応えのない連中が、別人の様に雄弁になる。人とは、状況によっていかようにも変わり得るものだ。 「ふむ。他に意見は?」 「殿、ここは意見を求めておられる場合ではございません。殿のお言葉そのままに奏上されるのがよろしいかと…」 「しかし!あまりに生々しい言葉を奉るのはまずいですぞ!これを読まれるのは陛下お一人ではございません。他の高官の心をも動かすには…」 「そもそも殿は羽林郎として出仕なさったお方ですぞ。そのお方が普通の文官達と同じ様に奏上されてもおかしくはないか?」 「うぅむ…それはそうなのだが…」 「他には?皆の意見は?」 「僭越ながら…殿のお言葉は、充分に我々の胸を打つものでした。確かに、修辞上は若干改善すべき点もございましょうが…今は、時間がございません。細かいところは、叔穎殿に任せられてはいかがかと存じます」 「そうだな…。では、直ちにわしの言葉を書状としてまとめるのだ!急げよ!」 「はっ!」 「これを叔穎殿に。大切な上奏文だからな。くれぐれも用心しろよ」 待機していた使者に、上奏文を綴った絹布が託された。実際にはごく軽いものなのだが、やけに重く感じられる。 「承知しておる。ことは一刻を争うのだからな」 「そうだ。…頼むぞ。これには、殿ばかりでなく我らの想いも込められているのだからな」 「それも承知しておる。では、行ってくるぞ」 そう言うと、使者は馬上の人となり、脱兎の如く駆け出していった。
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