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小説 『牛氏』 第一部
32:左平(仮名) 2003/04/06(日) 21:16 十六、 その知らせは、ほどなく董卓のもとにも届けられた。まぎれもない吉報である。 「なに?姜が懐妊したとな?」 「はい。あと六、七ヶ月ほどでお産まれになるとの事です」 「そうか。来年には孫の顔を見られるか。伯扶め、真面目そうな顔をして、なかなかやりよるな」 そう言う董卓の顔は、ほころんでいた。無理もない。自分自身がまだ十分若いうちに、早々と孫の顔が見られるというのだから。当時に限らず、子孫が増えるのを喜ばぬ者はいない。 だが、一方で、気になる事もあった。娘婿である牛輔の力量については、まだ未確認のままなのである。果たして彼は、将として、また、自分の補佐役として、ふさわしい人物であろうか。 いずれ彼は牛氏の跡目を継ぐであろう。そうなってから万一の事があっては大変である。今のうちに、その力量を見極めておかないと、えらい事になりかねない。 (と、なると…。そろそろ、伯扶にも戦を経験してもらわぬとな。それも、今年のうちに) 董卓の顔から喜色が消え、鋭い表情となった。それは、紛れもなく、将としての顔であった。 董卓が牛輔邸を訪れたのは、それから間もなくの事であった。 「なに?義父上がお見えになったとな?」 「はい。ただ今、堂にてお待ちになっておられます」 「そうか…」 「分かった。すぐに堂に行く。酒肴を支度しておいてくれ。頃合いを見てお出しする様にな」 「はい。直ちに支度します」 (姜の懐妊を祝いに来られたのであろうが…。どうも、今回はそれだけではなさそうな気がする) よく分からないままではあったが、ともかく、服装を整え、義父の待つ堂に向かった。 堂では、董卓と姜が談笑していた。 「おぉ、伯扶殿か。姜が懐妊したと聞いてな、こうして祝いに参ったよ」 「はい…。それはかたじけないです」 牛輔は、うやうやしく拱揖の礼をとった。董卓からすると、娘婿のそういう態度には多少改まったものを感じないでもないが、まだ何度も会っているわけではないだけに、まぁ、こんなものであろう。 将として牛輔という人物を見ると、多少線の細さを感じないではないが、人としては悪い感じはしない。これなら、鍛えれば何とかなりそうである。 「まぁ、そう堅くならずともよい。…ところで、そなた、わしに何か聞きたい事があるのではないか?」 「は?」 「顔を見れば分かるよ。わしがここに来たのは、単に姜を祝いに来ただけではないと考えておろう?」 「はぁ…」 図星である。言い返し様もない。 「思った事がすぐ顔に出る様ではまだまだだが、まぁ、今はよかろう。そなたの思っている通りだよ」 「えっ!?」 「驚くでない。そなたにも分かっておろう」 「まぁ…。まだおぼろげではありますが…」 「なら、話が早い」 そう言うが、董卓は座り直した。父もそうだが、こういう姿勢をとった時は、だいたい真剣な話である。 さっきまで談笑していた姜も、その言わんとする事を察したのか、顔つきが変わった。さすがは董卓の娘である。その顔には、凛としたものが感じられる。
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