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小説 『牛氏』 第一部
45:左平(仮名) 2003/05/11(日) 22:53 確かに、今の漢朝は乱れている。数々の怪異現象、相次ぐ天災、中央の政変、地方での叛乱…。この国の事を愁う心有る者ならば、何らかの行動に出たくもなるであろう。 (今上陛下【霊帝】は、まだお若い。成長なさり、光武皇帝の如き英明さを発揮していただければ…) かすかではあるが、今はそれに希望をつなぐしかあるまい。 そんな事を考えているうちに、あたりが少しずつ明るくなってきた。夜明けである。やがて、東から日が昇るのが見え始めた。 「…!」 牛輔は、ある事に気付いた。 義父の甲冑は、返り血にまみれているのである。あれほどの激戦の後なのだから当たり前なのではあるが、あらためて見ると、その凄まじさが分かる。 「義父上…」 「どうした?」 「その甲冑…返り血にまみれておりますぞ」 「そうだな…」 「…」 普段なら、早く脱いで洗ったらどうかと言うところであるが、そういう気にはならなかった。この血こそ、羌族が戦士として戦い、死んだ証。血に汚されたなどと言う事はできないのである。 「さぁ、帰るぞ。皆が待っておる」 「あっ…はい!」 凱旋である。戦場に赴く時とは違い、兵達の表情も、心なしか柔らかい。勇敢に戦い、そして勝利した者達が持つ、誇りと自信に溢れた姿がそこにはあった。 牛輔も、そんな中にいた。とはいえ、彼の思いは、それだけには留まらなかった。 今後自分が担うであろう重責、漢朝と羌族との関係、義父の真意…。今回の戦いは勝利したものの、いつまでも喜んでばかりもいられないのである。 (何にしても、難しいな) 考え事をしているうち、牛輔は、いつしか屋敷の門前に立っていた。ほんの数日しか経っていないというのに、妙に懐かしく思える。 (ともかく、戻ってきた) そう思ったとたん、全身から力が抜けた。 「いま戻ったよ」 自分でも分かるくらい、朗らかな声が出た。やはり我が家はいい。 「あなた− お帰りなさ−い」 出迎える姜の声もまた、朗らかなものであった。その声に、安堵する。 「姜。留守中、何事もなかったかい?」 「えぇ。ご心配なく」 「そうか。そりゃ良かった」 心なしか、姜の腹がより膨れている。赤子は順調に育っている様だ。 「元気な赤子を産んでくれよ」 そう言うなり、牛輔は姜に抱きついた。姜の体は暖かく、柔らかい。その心地良さときたら、荒涼とした戦場とは大違いだ。 「もぅ、あなたったら。こんなところで抱きつかないで下さいよ」 「すまんすまん。さぁ、中に入ろう」
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