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小説 『牛氏』 第一部
48:左平(仮名)2003/05/25(日) 21:25
二十四、
「伯扶よ。どっちが先に入る?」
「えっ?そっ、それは…」
二人とも、早く赤子の顔を見たいのではあるが、どこかためらいがある。
本来の出産儀礼においては、夫といえどもそうそう産室に入れるものではないのである。先の婚礼の時とは異なり、そのあたりの事にはあまりこだわりはないものの、出産という女の領域には、どこか入り難いものがある。
(伯扶よ、そなたが先に入ったらどうだ)
(義父上こそ、お先に入られたらどうですか)
産室の前に突っ立ったまま、そんな状態がしばらく続いた。大の男が二人して戸の前にいる様は、何とも珍妙なものである。
「このままここに立っててもしょうがない。一緒に入るか」
「そうしますか」
初めからそうすれば良さそうなものであるが、こういう場面では、存外気がつかないものである。
「じゃ、いくぞ」
「えぇ」
「では−」
二人は一斉に足を踏み出した。その時。
「お待ちください!!」
「!?」
二人は、足を踏み出しかけたところを急に止められたので、思わず転びそうになった。声の主は、先に産室に入った瑠である。
「いま、産湯を使っているところです。もうしばらくお待ちください」
「でも、もう産まれたのであろう? なにゆえ、我らが入ってはならぬ?」
「あなた、お忘れですか? 姜が産まれた時の事を?」
「あっ!…」
そう言われて何か思い出したのであろうか。董卓は急に向きを変え、室に戻っていった。
あわてて、牛輔もあとを追う。
「義父上、以前に何かあったのですか?」
義父が、一言言われただけでこうもあっさり引き下がるのは珍しい。何かよほどの事があったのだろうか。あまり話したい事ではないだろうが、聞かずにはおれない。
「いやな。あれは、姜が産まれた時の事なのだが…」
董卓にとっては、あまり格好のいい話ではないのであろう。どこか気恥ずかしげに話し始めた。
「姜が産まれた頃は、我が家はまだ富貴ではなかった。当然、この様な産室などはなくてな。瑠は、筵などで仕切りを設けて、そこで出産したのだ。当時は兄夫婦と同居しておったから、何かと手助けはしてもらえたがな」
「はい」
「わしにとっては、初めての子だ。そりゃもう、嬉しくってな。産声があがるや、筵を払いのけて赤子と対面したのだ。だが…」
「だが?一体どうなさったのですか?」
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