下
小説 『牛氏』 第一部
50:左平(仮名) 2003/06/01(日) 22:55 二十五、 二人は、産室に向かった。 先ほど、あれほどためらわれたのは何だったのだろうかというほど、今度はすんなりと入れた。 産室は、どこか異質な雰囲気を漂わせている。室そのものには、何も特別な装飾などは施されてはいないのだが、どうもそういう気がしてならない。 (どうしてだろうか?) ふとそんな事を考えた。もっとも、考えても、男には分かりそうもない。 室内に入った瞬間、血の臭いがした。見ると、何かは分からないが、血に塗れた物体(へその緒とか胎盤とか)がある。あれも、出産に伴って生じたものであろうか。 (それはそうと、姜は? 赤子は?) 一瞬、その物体に気をとられはしたが、今は、そんなものに構っている場合ではない。 目を下に向けると、そこに、子を産んだばかりの姜がいた。相当体力を消耗したのか、顔は、産室に入る前に比べやつれており、また、全身に汗が浮かんでいる。呼吸も荒く、決して安産ではなかった事が伺える。 ただ、その顔は、安らかである。ひと仕事を終えたという充実感がそうさせるのであろう。 「姜…」 「あ…あなた…。子供は…無事に…」 「あぁ、分かってる…。大変だったな。ゆっくり休めよ」 よくやってくれた。そんな姜が、いとおしくてならない。 「まぁ。二人とも、じっと見つめあっちゃって。仲がいいこと」 「そうだな」 「伯扶殿。夫婦仲がいいのも結構ですけど、赤子を忘れちゃいませんか」 「あっ…そうでした」 「ほら。こちらがあなた達の和子ですよ。男の子よ」 瑠は、そう言って、産着にくるまった赤子を手渡した。 「こ…これが我が子ですか…」 牛輔が赤子を見るのは、これが初めてというわけではない。弟達が産まれた時、その様子を見たはずなのである。しかし、もう十数年も前の事であるから、そういう記憶は、もうおぼろげでしかない。 「赤いでしょ? どうして赤子って言うか、分かった?」 瑠は、明るくそう言う。牛輔の緊張をほぐそうとしているのであろう。 「はぁ…」 そうは言われても、緊張はほぐれそうにない。 泣き声をあげる赤子は、彼からみても、小さく、たよりなさげなものである。 (だが、この子は、まぎれもなく我が夫婦の子、そして、義父上の孫) 男であるそうだが、一体、どの様に育つのであろうか。将か、相か。それとも他の何者かか。 「伯扶殿。ぼんやりしている場合ではありませんよ」 瑠の声に、思わずはっとした。 「えっ?」 「この子の名は、いかがなさるのですか?」 「そ、それは…」 一応、考えてはいたのだが、そう言われると、一瞬慌てた。
上
前
次
1-
新
書
写
板
AA
設
索
小説 『牛氏』 第一部 http://gukko.net/i0ch/test/read.cgi/sangoku/1041348695/l50