小説 『牛氏』 第一部
51:左平(仮名)2003/06/01(日) 22:57AAS
「慌てる事はありませんが、きちんと考えておいてくださいね」
「え、えぇ…」
「それと、あれを片付けてくださいね」
「え? あれってのは?」
「ほら、あれですよ」
そう言って瑠が指差したのは、さっき見た、血に塗れた物体であった。
「えっ? 私がですか?」
「そうですよ。それも夫たる者の務めです」

この間、董卓はほとんど何も言わなかった。産室の中では、女の方が強いという事であろうか。その事が、ちょっと可笑しかった。
「はい、分かりました」
そう答える牛輔の声は、至極明るいものであった。
「義母上。ところで、これは何ですか?」

片付けが終わると、皆、産室から出た。
姜も別室に移った。産後の肥立ちが悪ければ、直ちに命にかかわってしまう為、しばらくは養生しなければならない。
名門の家ともなると、通常、乳母が必要になる。とはいえ、同じ頃に子を産んだ女など、すぐに見つかるものではない。それまでの間は、姜自らが乳を与える事になる。
姜が乳房を出し、子に吸わせる。子は、ひたすらに吸い、乳を飲んでいる。のどかな景色である。


しばらく後、命名の儀礼が行われた。
名は、「諱(いみな)」とも呼ばれる様に、外に向かってはあまり用いられるものではない。主に家族の内で用いられる。
とはいえ、名と字の間には、通常、何らかの関連性があるから、変な名をつけるわけにはいかない。
正式な命名は、家廟に告げる時なのであるが、実際のところはどうであろうか。

「伯扶よ。子の名は決まったかな?」
「えぇ。…それにしましても、名をつけるというのも大変なものですね。字義だの何だのと、いろいろ考えないといけないのですから」
「そうか? わしなどは、余り悩まなかったがな」
「それは…何と言いますか…」
「で、何と名付けるつもりだ?」
「はい。『蓋』と名付けようかと」
「『蓋』?どういう意味があるのだ?」
「はい。『天蓋』からとりました。地を覆う、天の如く大きくなってもらいたいという思いを込めて」
「天蓋、か…。こりゃまた、大きい名であるな」
「お気に障りましたか? 義弟の名との釣り合いが気になるのですが…」
「いやいや、大いに気に入ったよ。そうか、天蓋か…」

董卓は、満足げにうなづいた。
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