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小説 『牛氏』 第一部
54:左平(仮名)2003/06/15(日) 21:01
二十七、
忙しくはあったが、子育ての日々は、概ねこの様に平穏なものであった。
蓋は、普通の赤子よりも大柄で、乳もよく飲む。十分に栄養をつけた彼は、すくすくと育っていた。
そんなある日、牛輔邸に一人の来客があった。
「連絡したかと思いますが…。義兄上にお会いしたく、参りました」
「あぁ、若様。これはどうも。殿でしたら、ご在宅でいらっしゃいますので、どうぞこちらへ」
「では、上がらせてもらいましょう」
来客というのは、董卓の嫡子・勝であった。牛輔からみると義弟にあたる彼は、ほどなく志学(十五歳)になろうかという年頃である。
ちょうどその頃、牛輔は姜と一緒に、蓋をあやしているところであった。
「なに? 勝殿が参られたとな?」
「はい。堂にてお待ちしておられます」
「そうか。分かった、すぐに行く。蓋の様子を見に来られたのかな。姜よ」
「はい」
「しばらく勝殿と話をする。頃合いを見て、蓋と一緒に参れ」
「はい」
これが初対面というわけではないが、じっくりと話をするのはほとんど初めてと言ってよい。
(はて、どんな顔だったかな)
少し首をひねりつつ、牛輔は堂に向かう。
堂に入ると、数人の従者とともに、一人の少年 −いや、風貌は既に青年と言ってもよい。それくらい落ち着いて見える− が立っていた。
(これが勝殿か)
牛輔が見る義弟・勝は、義父・董卓ほどではないとはいえ、堂々たる体躯の持ち主であった。
「義兄上、お久しゅうございます」
勝は、うやうやしく拱揖の礼をとった。その仕種は実に自然なものである。これなら、礼に厳しい人にまみえたとしても、失礼であると咎められる事はあるまい。その立ち居振舞いから、彼がいかにきちんと身を修めているかが伺える。
また声は、高くもなく低くもなく、抑揚は滑らかであり、耳に不快感を与えない。心身ともに健やかに育っているという事であろう。
容貌は、義父とは異なり、穏やかな笑顔が印象的である。体格は父親に、顔は母親に似ている。
人からみると、妬ましいくらいによくできた義弟と言えるであろう。もっとも、彼をみると、そういう妬みの類の感情も生じさせない様である。
「おぉ、勝殿か。久しいな。まぁ、ゆっくり座って話そうではないか」
年下という事もあるが、勝には、人を威圧させる様なところはみられない。それゆえ、牛輔も割と気楽に話しかける事ができた。
「はい。では…」
義兄が座るのに呼応する形で、勝は席についた。その間の取り方一つとっても、礼にかなっている。
「今日来るとは伺っていたが、いかがいたしたのかな?」
「いや、大した用件ではないのですが…」
「気にするでない。我らは兄弟ではないか。何なりと申せ」
「はい…。年が明けると、私も志学になります」
「うむ。それで?」
「そろそろ、字をつけようかと思うのですが、どの様な字を用いれば良いか、義兄上に相談に乗って頂こうかと思いまして」
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