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小説 『牛氏』 第一部
70:左平(仮名) 2003/08/10(日) 21:09 三十五、 「お呼びでしょうか?」 食事をとり、一晩ゆっくり休んだ為、賈ク【言+羽】の血色は昨日に比べ格段に良い。だが、表情は固い。 「おお、文和か」 一呼吸おき、牛輔は言葉を続けた。 「実はな、漢人と思われる屍が見つかったのだ」 「えっ!と、いう事は…」 「そうだ。そなたと共に捕らえられた者達やも知れぬ。が、我らは彼らの顔も姓名も知らぬ。身元を確認できるのは、そなたしかおらぬのだ」 「そうなのですか…」 考えてはいたが、そうあって欲しくなかった事が、現実の事として眼前に現われたのである。二人とも、気は重かった。 「殿、こちらです」 「うむ」 牛輔と賈ク【言+羽】が着くと、既に屍は一箇所に集められ、安置されていた。体には目立った虐待の跡はなかったが、殆どの者の顔には、恐怖の色が残っていた。捕らえられた後、殺されたのは間違いない。 「文和、どうだ?」 「間違いございません。皆、私と共にケン【シ+幵】まで旅をした者達です」 「そうか。おい、これで全員か?」 「はい。この中にあった屍は、これが全てです」 「文和。他に、助かった者はおらぬのか?」 「…おりません。襲われた時に死ぬなり逃げるなりした者を除けば、ここにいる者が全てです」 「では、助かったのはそなた一人、か…」 暑いわけではないのに、賈ク【言+羽】の額から、汗が滲む。その後に続く言葉が何であるか、おおよその察しがつくからである。 (なぜ、そなた一人が助かったのか?) (賊に命乞いでもしたか?) (まさか、そなた、賊に通じていたのではなかろうな?) むざむざ賊に捕まった上、その様な疑念にさいなまれるのか。そう思うと、やりきれない。こんな思いをするくらいなら、いっそここで死んだ方が良かったのであろうか。 「この者達の身元は分からぬか?」 「はっ?」 牛輔の言葉は、予想外のものであった。 「屍を丁重に葬ってやろう。それに、家族にこの事を伝えねばならぬしな」 「はぁ…。全員は分かりかねますが、何人かは…」 「よし。後の事はそなたに任せよう。人手が必要であろうから、何人か残しておく。頼むぞ」 「はっ…はい!」 「よし、者ども!引き上げるぞ!」 「おぅ!」 こうして、史書には記載されない一つの戦いが終わった。 「なぁ、伯扶よ」 帰途につこうとしたその時、董卓が不意に問うてきた。 「何でしょうか、義父上」 「なぜ、文和に問わなかったのだ?」 「は?何をですか?」
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