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小説 『牛氏』 第一部
71:左平(仮名)2003/08/10(日) 21:12AAS
いったい、他に何を聞けというのであろうか。時々義父は、思いがけない問いを発する。
「分からんか。他の者達が全て殺されたというのに、どうして文和一人が助かったのか。そなた、不思議だとは思わんのか?」
「はぁ…」
確かに、そうだ。そう言われると、急に気になってくる。
「…その事には、全く思いが及んでおりませんでした」
ここで嘘をついたところで何にもならない。素直に認め、教えを乞うた方が自分の為である。
省39
72:左平(仮名)2003/08/18(月) 00:01AAS
三十六、
帰還後、董卓の転任と戦勝祝い、それに賈ク【言+羽】の歓迎を兼ねた宴が催された。
めでたい事が二つも三つも重なったのである。皆、上機嫌であった。ただ一人、歓迎される立場である賈ク【言+羽】を除いては。
(伯扶殿には何も言われなかった。しかし…)
省39
73:左平(仮名)2003/08/18(月) 00:03AAS
「おっ、文和。目が覚めたか」
後ろから、牛輔の声が聞こえた。ふと気付くと、あたりを家人達が忙しく動き回っている。どうやら宴の後片付けをしている様だ。
「こら。物音を立てるな。皆が目覚めてしまうであろう」
「へいっ!」
「大声も出すな」
「あっ、はい…」
省22
74:左平(仮名)2003/08/24(日) 21:52AAS
三十七、
もともとさして大規模な宴ではなかったから、しばらくするとあらかた片付いた。
その頃には、もう日もだいぶ高くなっていたから、眠りこけていた董卓、李カク【イ+鶴−鳥】、郭レ、張済も目を覚ましており、あたりの様子に気付いた。
「んっ? 何だ、ずいぶん片付いておるな」
省45
75:左平(仮名)2003/08/24(日) 21:59AAS
「殿。お話があるのですが」
気がつくと、賈ク【言+羽】が牛輔の前に座っていた。
「あれっ? そなた、いつの間に?」
「いつの間にって…。何度も咳払いを致しましたよ。それに、目も合ったではありませんか」
「そうだったか?」
さっぱり気付かなかった。考え事にすっかり気を取られていた様だ。
省35
76:左平(仮名)2003/08/31(日) 20:14AAS
三十八、
二人は、二丈(当時の一丈は約2,3m)ほど離れて向かい合った。
盈が持ってきた棒は、二本とも、おおよそ十尺(当時の一尺は約23p)ほどである。戟・戈など、当時の武器の大きさを考えると、もう少しくらい長くても良いのではあるが、これは実戦ではなく、あくまで立ち合いである。まあこんなものであろう。
実は、二人とも武術には疎い。その構え一つとっても、いっぱしの武人から見れば実に心もとない。傍目には、武術の立ち合いというより、何かの踊りみたいである。
だが、当の二人にとっては、真剣勝負であった。特に、自分から申し出た賈ク【言+羽】にとっては。この立ち合いは、彼には二つの意味があったのである。
省34
77:左平(仮名)2003/08/31(日) 20:15AAS
(よし!勝てるぞ!)
しばらく様子を見ているうちに、武術における、賈ク【言+羽】の弱点が見えてきた。それは、彼が非力である事だ。
(棒を構え、振り下ろす態勢に入るまでは実に素早い。だが、非力ゆえ振り下ろすのは遅い。…なるほど、だから私でもよけられたのか)
よく見ると、袖口からちらりと見える彼の腕は細い。力を入れている為に浮き出ている血管等がなければ、女のそれと見紛うほどである。
(あの腕が義父上ほどであれば…。ただの棒でも、私の頭は砕かれていたかな)
まだ攻められっぱなしなのに、そんな事を考える余裕さえ出てきた。
省19
78:左平(仮名)2003/09/07(日) 23:32AAS
三十九、
「…」
賈ク【言+羽】の顔は、心なしか蒼ざめていた。
「文和、どうした。腕を打たれたくらいでそんなに痛いか」
「いえ…痛いのは痛いですが、それは大した事ではございません…」
省42
79:左平(仮名)2003/09/07(日) 23:32AAS
数日後、賈ク【言+羽】の配属が決まった。
輜重(武器や食糧)の管理及び各種報告の整理作成というのが、彼に与えられた任務である。孝廉ともなれば、小難しい文書の扱いにはうってつけであろう。
「やはり、私はお役に立たんとおっしゃるのですか?」
その事を告げたとたん、賈ク【言+羽】はさっそく不満をもらした。先日の事をまだ引きずっている様だ。
「誰がそんな事を申した?私は、そなたが役に立たんなどとは言ってもないし、思ってもおらんぞ」
役立たずとみなした?牛輔にとっては心外である。自分は、賈ク【言+羽】の事を相当高く評価しているというのに、何が不満なのであろうか。
省26
80:左平(仮名)2003/09/14(日) 22:19AAS
四十、
それから数ヶ月が経った。
さすがに孝廉に推挙されたというだけの事はある。数人の属官を与えられ、輜重の管理及び各種報告の整理作成に励む賈ク【言+羽】の仕事ぶりは、並外れたものがあった。
「ふむふむ…」
省38
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