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小説 『牛氏』 第一部
130:左平(仮名) 2004/10/11(月) 01:16AAS
六十五、
その数日後。都から公式の使者がやって来た。
それは、王甫達の失脚、それに巻き込まれる形での段ケイ【ヒ+火+頁】の自死、そして…董卓自身が、段ケイ【ヒ+火+頁】に連座し、西域戊己校尉から罷免される旨を告げるものであった。もちろんと言うべきか、次の官位についての言及はなかった。
自身の罷免自体には、さしたる驚きはなかった。そもそも、公式の使者が着く以前にこの情報を入手していたのだから、一応の覚悟はできている。だが、分かってはいても、董卓の心身への衝撃は大きいものがあった。
あの日以来、どうも体の調子が思わしくない。今までこれといった病になった事のない彼にとっては、あらゆる意味で、どこか重苦しい日々が続いていたのである。
「皆の者。本日をもって、わしはこの地位を去る事になった。後任の方がどなたであるか、その方の方針がいかなるものであるかは、おって沙汰があるからそれを待つ様に。それまで、滞りなく各々の職分を全うするのだ。よいな」
離任する董卓の声には全く張りがなく、その失意のほどがありありとうかがえた。
無理もない。これは、連座による失脚なのである。自身の過ちによるものであればいずれ挽回する機会もあろうが、そういう性質のものではないだけに、彼自身の力では如何ともしがたく、それだけに精神的にこたえるのである。
段ケイ【ヒ+火+頁】を自死に追いやった陽球が高位にある限り、官界への復帰の目処はまずなかろう。いや、陽球が致仕(官職を辞する≒引退)したとしても、その影響力が残っている限りは…。
蓄えは十分にあるし、所有している土地や家畜からの収益があるので、とりあえずの生活には困らないとはいえ、官界に身を置く者としては、これほど惨めな事はない。下手をすると、生涯、その手腕を振るう機会を奪われてしまうのであるから、無理もないところではある。
「はっ!我ら、謹んで自らの職務を全ういたします!」
そう答える属官達の声にも、董卓と同様、冴えがなかった。それもそのはず。彼らにとっても、これは決して望ましい事態ではないのである。いかに連座によるものとはいえ、上司が何らかの咎を受ける形で罷免されたとなると、彼らの将来にも良からぬ影響をもたらすに違いないのだから。
その思惑に多少の違いがあるにせよ、彼らの前途は決して明るいものではない。別れの席は、普段の彼らにはそぐわない、至って湿っぽいものとなった。
かくして、董卓は十数年ぶりに無官の身となった。
このあたりの人士で、彼ほど「謹慎」という言葉が似合わない者はいないであろう。それは、自他共に認めるところである。ましてや、この件について言えば董卓自身には全く非はないのであるから、何らかの形で一暴れしそうなところである。
しかし、自邸から一歩も出ない日々が続いた。いったい、どういう事だろうか。
「分からんな」
周囲の人々は、皆、一様に首を捻った。それもそのはず、本人でさえ、その理由は分からなかったのである。
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