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小説 『牛氏』 第一部
132:左平(仮名) 2004/11/23(火) 22:33 六十六、 翌朝−。 家人達の願いが叶ったのであろうか、見事な晴天となった。夜明けとともに邸内に陽光がさし込んでくるその様は、一種の神々しささえ感じさせた。 「よい日和だ。これならば…」 家人達も、がぜん張り切っていた。正直言って、彼らにとっては主の官位などはどうでもよい事。ただ、主が気落ちしていると、邸内の全てが暗くなってしまう様な気がするだけに、何としてでも今日の狩りをよいものにしたいところである。 「うむ。よく晴れたなぁ…」 起き上がり、天を見上げてそう言ったところで、董卓はふと軽いめまいを覚えた。 (う、うむ…。どうした事かな。これはいかん。だが…皆が今日の狩りを楽しみにしておるからなぁ…) 相変わらず、どうも気分がすぐれないのだが、今になって自分が行かないと言うわけにもいかない。いくら豪放な彼でも、配下の者達に余計な心配をさせるほど無頓着ではないのである。 「よし。支度は整ったな。では行ってくるぞ!」 「はい!お気をつけて!」 そう言うや否や、董卓と配下達は猛然と門を出て馬を走らせた。戎衣こそ身にまとってはいないものの、その様は、狩りではなく出陣かと見紛うほどに勇壮なものであった。 「おぉ、董氏が狩りに出られたのか。また賑やかな事で」 近隣の人々は、口々にそう言いあった。言葉尻だけ捉えると厭味に聞こえるかも知れないが、彼らには、董卓に対する悪感情は無い。 「やはり、こうでないとな」 ふと誰かがもらしたこの言葉が、彼らの思いを代弁していた。やはり、普段どおりでいてもらうのが一番落ち着くのである。 しばらく駆けたところで、一行の足が止まった。 「ここらあたり、いかがでしょうか」 配下の一人がそう言い出した。彼は、この日の為に何回も足を運んで実地を検分している。その自信からか、その表情はすこぶる明るい。 「うむ…。草木も程よくあり、水もあるな。これなら、獲物も多そうだ」 さすがに血が騒ぐのか、董卓の顔にも幾許かの明るさがみられた。誰もが、この日の狩りの成功を信じて疑わなかった。 「殿!ごらん下され!」 「おっ!これはまた大物だな!よし、皆の者!行くぞ!」 「おぅ!」 「それそれぇ−っ!」 主が邸内に篭もっていた為にしばし無聊をかこっていたとはいえ、さすがに歴戦のつわもの達である。ひとたび獲物を見つけるや、巧みな動きで徐々に徐々に獲物を追い詰めていく。 いつしか、包囲の輪が数丈程度に縮まっていた。頃合は良し。そろそろ、仕留めるか。皆がそう思ったその時、董卓の合図が下った。 (さすがは殿。このあたりの勘はまだまだご健在だ) 家人達の心に、安堵感が広がった。それなら、存分に働くとしよう。 「よっしゃぁ−!行くぞ−っ!!」 「おぉ!!」 そう叫んだかと思うと、皆、一斉に獲物めがけて突進していった。猛烈な砂埃が舞い、血と汗の臭いが辺りに立ち込める。
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