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小説 『牛氏』 第一部
13:左平(仮名) 2003/01/26(日) 00:47 「こっ、これは!」 「私達の仲が認められないとなれば、牛氏の男が他家の女を弄んだという不名誉な事になるのですよ!」 「そなた…本気で言っているのか!?」 「はい」 「勘当しても良いのだぞ!」 「構いません。そうなればなったで、司馬相如【前漢の文人。賦にすぐれた。富豪の娘であった卓文君と恋仲となり、彼女の父親に反対されると、駆け落ち同然の形で結婚した。彼女の邸宅の前で夫婦して屋台を経営した為、ついにその仲を認められたという逸話を持つ】に倣うまでです」 「む…」 そこまで言われると、父も黙り込んだ。この結婚に反対し続けた場合、どちらにしても一族の名折れになりかねないという事が分かったからである。 「ならば…仕方あるまい」 「では! 認めていただけるのですね!」 「だが、一つ条件がある」 「条件、ですか?」 「その娘、おそらく羌族の娘であろう。我が家と羌族との関係は承知しておろう?」 「そっ、それは…」 「その女をそなたの妻と認めるのは良しとしよう。だが、今後一切、羌族の事を考えるな!良いな!」 「そうすれば、わたし達の仲を認めていただけるのですね?」 それまで黙っていた琳が口を開いた。その言葉には、全く迷いがみられなかった。牛朗の方がためらって言い出せない事を、彼女はあっさりと言ってのけたのである。 「りっ、琳さん!」 「いいんです…これで」 「琳さん…」 こうして、二人は晴れて結婚する事ができた。 が、幸せは長くは続かなかった。琳は、長男の輔を産んですぐに亡くなってしまったのである。産後の肥立ちが悪かったのが原因であるが、実家と引き離された形になってしまった事が、彼女の心身を痛めていたのかも知れない。彼女に対しては十分な愛情を注いだつもりではあるが、守り切れなかった事が悔やまれてならない。 生活に追われる心配はないとはいえ、男手一つで乳飲子を育てるのは容易ではない。結局、彼は漢人の女性と再婚した。後妻との仲はまずまずで、子供にも恵まれたのだが、心の空白は残り続けた。 (琳…) 目を閉じると、今でも彼女の姿が浮かぶ。その姿は、色あせるどころか、年を追うごとにむしろ鮮明にさえなっていく様である。 (あいつへの想いが強過ぎたのかな…) 輔の成長を見るにつけ、そう苦笑せざるを得ない。彼は、嫡男である輔に対し、常に厳しく接してきた。それは、最愛の人との間の子であるが故に、必ず傑出した人物に成長して欲しいという気負いの故であったのだが…輔には、そう見えなかった様である。 成長した輔は、どこか神経質に見え、頼りなさげである。このままでは、先が思いやられる。 (新婦に会う前に、輔とじっくり腰を据えて話しておくか…) そう決めた牛朗は、杯の酒をくっと飲み干した。月は、もう西に傾きつつあった。
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