小説 『牛氏』 第一部
22:左平(仮名)2003/03/02(日) 18:25AAS
十一、

牛氏の邸宅に、数人の男達が訪れた。多くの戦場を踏んできたのであろうか。その顔つき・体つきは、精悍そのものであった。その中でも、ひときわ体格の大きい男が、門番に話しかけてきた。

「ご主人はおられるかな?」
「えっ? 失礼ですが、どちら様でしょうか。今日は、お客様が来られるとは聞いておりませんが…」
省36
23:左平(仮名)2003/03/02(日) 18:27AAS
ふと気付くと、外が騒がしい。きりのいいところだし、ちと休むか。そう思った牛輔が部屋の外に出ると、家人達が忙しく立ち働いている。食事時でもないのに配膳の支度をしているのである。
「随分忙しそうにしてるが、何かあったのか?」
「あ、若様。実は、董郎中様がお見えなのです。で、酒肴の支度をする様に、との事なので」
「えっ!? 義父上が? で、いかがなさっておられる?」
「いや、今は殿とお話されております。どうも、大事なお話をされている様で…」
「そうか」
省40
24:左平(仮名)2003/03/09(日) 21:48AAS
十二、

その後、牛朗と董卓は、しばし談笑した。董卓にとっては、やはり隴西の方が気楽である様だ。ときおり、弘農の人間に対する愚痴もこぼれる。
「ははは…。まぁ、そうおっしゃられるな。もう一杯、いかがですかな?」
「えぇ。では、頂きます」
「しかし…。それならば、何故に弘農に移られたのですかな?」
省45
25:左平(仮名)2003/03/09(日) 21:50AAS
「確かに、その通りの様ですな…。ここまで話が一致するとなれば、そうとしか考えられません。…と、なると…。伯扶殿と姜とは、従兄妹同士という事ですか」
「恐らく」
「こりゃまた…」
「まぁ、大した事ではありますまい。輔と姜殿は、姓が異なりますからな」
「それはそうですが…。名族・牛氏としてはそれでよろしいのですか?」
「えぇ。構いません」
省28
26:左平(仮名)2003/03/16(日) 21:37AAS
十三、

「おいおい。そう驚くなよ」
「おっ、驚かないわけがないでしょ! 従兄妹同士が交わったなどとは…。それでは、私達は禽獣以下という事ですか!」
「わっ、わたし、もぅ…」
二人とも、泣き顔になっている。こんな事が明るみになれば、人から何と言われるだろうか。その事を考えると、前途には絶望しかない。
省32
27:左平(仮名)2003/03/16(日) 21:39AAS
董氏の別邸に移るという事は、何を意味するか。それくらいは、別段深く考えずとも分かる。姓は牛のままであるにしても、事実上、董氏の人間になるという事だ。
父は返事をしなかったと言う。結論を出すのを自分達に任せたという事だが、本心ではどうお考えなのだろうか。私の事をどう思っておられるのか。そのあたりの事を考えると、気持ちがもやもやする。こんな事なら、父から答えてもらい、「こういう事になった」と結果だけ告げらける方が気楽である。
(それなら、義父上がおっしゃる様に董氏の別邸に移った方が良いか…)
移ったなら移ったで、その前途は、決して楽なものではあるまい。しかし、このままもやもやとした日々を過ごすよりはましであろう。
冷静を装ってはいるが、心のどこかで投げやりになっているのが分かる。だが、ひとたび気持ちがそうなってしまった以上、自分ではどうにもならない。
(やはり、輔の心中に疑念が生じているか…。このままでは、いかなる結論を出すにせよ、輔にとってはよろしくないな。なれば…)
省29
28:左平(仮名)2003/03/23(日) 21:59AAS
十四、

「あなた。もう遅いですよ。そろそろお休みにならないと」
既に寝支度を整えた姜が、床の中から心配そうに言う。いつもならば、寝支度が整ったとなると、飛びつく様に床に入り、自分を抱きしめるというのに。父が言い出した事で、夫が悩み苦しんでいるのであろうか。だとすれば、やりきれない。
「やはり、迷われているのですね」
「ん?」
省32
29:左平(仮名)2003/03/23(日) 22:02AAS
「姜。何か分かった様な気がするよ」
「何か、って何ですか?」
「まぁ、それはまたゆっくり話すよ。…明日からは、引越しの支度で何かと忙しくなるぞ」
「では、董氏の別邸に移られるのですね」
「あぁ。この部屋でそなたを抱くのも、もうあと少しだ」
そう言うが早いが、姜に抱きついた。
省43
30:左平(仮名)2003/03/30(日) 21:37AAS
十五、

その日から、引越しの作業が始まった。牛氏にとっては、かつて羌族の叛乱の際に避難した時以来の、大規模な引越しであった。
なにしろ、姜を迎える際に持ち込まれた家財道具に加え、牛輔の身の回りの品、さらに、夫婦と共に移る家人達の持ち物もあるのだ。仕分けをし、車に積み込むだけでも一仕事である。

「これはこっち!それはあっちだ!それは…って、こりゃ持ってくもんじゃねぇだろうが!」
省35
31:左平(仮名)2003/03/30(日) 21:39AAS
とはいえ、ここでは間違いなく、彼は一家の主である。若い家人達の指揮をとり、家内を治めるのは、なかなか大変な仕事である。
(父上には、しばし思い留まって頂いて正解だったな)
ちと情けないが、これで跡目を継いでいた日には、体がもたなかったかも知れない。
(とにかく、早く慣れないと…)
いずれ、自分が跡目を継ぐのである。のんびりしてはいられない。それに、いずれ出仕するとなれば、学問や礼儀、それに武芸も身に付けておかなければならない。

省42
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