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小説 『牛氏』 第一部
23:左平(仮名)2003/03/02(日) 18:27
ふと気付くと、外が騒がしい。きりのいいところだし、ちと休むか。そう思った牛輔が部屋の外に出ると、家人達が忙しく立ち働いている。食事時でもないのに配膳の支度をしているのである。
「随分忙しそうにしてるが、何かあったのか?」
「あ、若様。実は、董郎中様がお見えなのです。で、酒肴の支度をする様に、との事なので」
「えっ!? 義父上が? で、いかがなさっておられる?」
「いや、今は殿とお話されております。どうも、大事なお話をされている様で…」
「そうか」
「また、何かあったらお呼びしますので」
「あぁ。分かったよ」
牛輔は、部屋に戻った。また読書を続けようとしたが、どうも落ち着かない。
(義父上は、何しに来られたのだろうか? 大事な話とは、一体何だろうか?)
牛朗と董卓は、向かい合って座っていた。体格は、董卓の方が大きいが、風格という点では、さしたる差はない様である。いや、この場に限っては、牛朗の方が堂々としているくらいである。
「ところで、いかなるご用件でしょうか?」
「えぇ。実はですな…」
董卓は口ごもった。豪放な彼らしくない態度である。
「はい。何でしょうか?」
「伯扶殿…」
「輔ですか?輔に、何か?」
「その…伯扶殿と姜を…我が別邸に移したいのです」
「はぁっ!? 一体、何をおっしゃっているのですか?」
牛朗は驚きを禁じ得なかった。いかに娘婿であるとはいえ、息子のいる人間が他家の者を手元に引き取りたいとは、一体どういうつもりなのであろうか。
「いや、驚かれるのはごもっともです。こちらの身勝手なお願いですからな」
「いや…その…」
牛朗には、わけが分からない。何と返事すれば良いのか。言葉が出てこない。
「我が家は、先年の戦の功により、弘農に移住する事になりました。それはご存知ですね」
「えぇ。存じております」
「ですが…。今の我が家は、武門です。都を向き、朝廷に仕える一方で、今後も、西で戦う事がありましょう。その時、西の事を委細もらさず把握する為には、この地に我が耳目となる人間が必要なのです」
「輔に、その耳目となってもらいたいという事ですかな?」
「そうです」
「ふむ…」
牛朗は、考え込んだ。董卓が、輔を高く評価しているのは喜ばしい。だが…。輔が、それを承知するであろうか。氏を変えるわけではないものの、この家を出て董卓の別邸に移るという事は、董氏の人間になれと言う様なものである。牛氏の嫡男としての資格を失うのではないか。そんな疑念をも与えかねない。
「こればかりは、私の一存では決めかねます。輔と姜殿に話した上、後日、返事させていただくというわけには参りませんか」
「分かりました。もともと、こちらからのお願いですからな」
「まぁ、堅い話はこのあたりにして。ところで、今日は、いかがなさいますか」
「えぇ。久しぶりに、姜の顔を見ていこうかなと」
「そうですか。お泊りになられますか?」
「よろしいのですか?」
「えぇ。では、さっそく支度させましょう」
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