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小説 『牛氏』 第一部
34:左平(仮名) 2003/04/13(日) 20:09 十七、 出立の日が来た。 真新しい戎衣(軍服)に身を包んだ牛輔の姿は、多少のぎこちなさを残してはいたものの、それなりに凛々しいものであった。 「あなた、行ってらっしゃい」 「あぁ。行って来るよ」 ちょっとどこかに外出するかの様な、何の変哲もないやりとりである。聞いただけでは、これから戦場に赴くとは思えない。 (何としても、生きて帰るぞ。子供の顔を見るまでは死ねない。これが永久の別れになってたまるか) いよいよ、戦いである。「今回の戦の相手は、羌族である。さして大規模なものではない」義父からはそう聞いてはいるものの、何が起こるか分からないのが戦場である。油断はならない。 「うむ。思っていたよりは似合うな」 董卓は、娘婿の姿をそう評した。今回は、さして難しい戦ではない。そんな思いが、こういう軽口になって出てくる。 (とにかく、伯扶に実戦を経験させておかんとな。あれには、いずれ、勝【董卓の嫡子。実際の名は不明】も補佐してもらう事になるのだからな) 今は、牛輔(及び牛氏の保有する兵力)を戦力としては見ていない。だが、羌族との戦はこれからも続く。次の世代を担う者を育てねばならぬのである。 もっとも、董卓がそこまで考えている事などは、牛輔には分かろうはずもない。 「義父上。『思っていたよりは』とはどういう事ですか」 つい、そんな不満が漏れる。 「いや、すまんすまん。細身のそなたの事だから、『衣に勝(た)えざるが如く』見えるのではないかと思ってしまってな。許せよ」 「私とて、少しは鍛えております。お気遣いは無用ですぞ」 「そうか。どうやら、揃った様だな。では、出発するぞ!」 「お−っ!!」 兵達から、喚声があがる。士気は、十分だ。 二人は、馬首を揃えて進んだ。戦場に着くまでは、強いて語る事もない。皆、無駄口をたたく事もなく、無言のまま行軍する。 戎衣を身にまとい、愛馬・赤兎馬にまたがった董卓には、何ともいえない威厳が漂っている。 (果たして、私は義父上の様になれるだろうか) 年齢・経験はともかく、体格・武勇、どれ一つとっても自分は義父には遠く及ばない。その冷厳な現実を、あらためて見せ付けられるのは辛い。 (いや、今は、眼前の戦いに集中する事だ) さまざまな思いが頭をよぎるが、牛輔もまた、無言のまま進む。 戦場が近付きつつある。董卓は、数騎を偵察に放つ事にした。 偵察に向かう者達が董卓の前に呼ばれた。彼らを見ると、実にさまざまである。 精悍な面構えをした、いかにも強そうな者もいれば、ひょろりとして、自分よりも弱そうな者もいる。騎馬の者もいれば、徒歩の者もいる。経験を積んだ老兵もいれば、若い新兵もいる。 「義父…、いえ、郎中殿」 牛輔は、「義父上」と言いかけて、慌てて言い直した。これから、戦である。私情を挟むのは禁物だ。 「これは一体…?」 「どうした?敵の様子を探るのは、戦いにおいては必須であろう?」 「いえ、偵察する事については全く異存はございませんが…。なぜこの様な者達を集められたのですか?」
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