下
小説 『牛氏』 第一部
4:左平(仮名)2003/01/04(土) 02:18
二、
牛輔が驚いたのも、無理はない。董卓なる人物と牛氏が縁戚になる事など、普通、考えもつかない事だったからである。その理由は、二つある。
一つは、牛氏が牛邯以来の名族であるのに対し、董氏には、そういう背景が全くない事である。董卓の父・董君雅(当時、名に二文字使う事は少ないので、君雅は字ではないかと思われる)は、最終官職でさえ潁川郡綸氏県の尉(県内の警察権を持つ)にすぎないという下級官吏であった。祖父以前の先祖については、全く分からない。漢王朝の、対西方の責任者ともいえる要職・護羌校尉(やや時代は下るが、三国時代においては涼州刺史と兼任であった)を出した牛氏とは、とうていつりあいがとれないのである。
もう一つは、董卓という人物が、当時の価値観とは大きくずれる人物であった事である。その振る舞いは、隴西の、心有る人々の顰蹙を買っていた。なにしろ、漢に対してしばしば叛乱を起こした羌族の族長たちと深い交友関係を持っていたのであるから。
省22
5:左平(仮名)2003/01/04(土) 02:19
(ほう、あの男が羽林郎とはのぅ…)
董卓の立身は、郡内の人々を驚かせた。しかし、彼の活躍はなおも続くのである。
羽林郎に任ぜられてからほどなく、匈奴中郎将の張奐に従い、その軍の司馬として羌族との戦いに加わる事になった。董卓は、羌族の中に多くの知己を持っており、彼らの事を知り尽くしていた。その故の人事であろう。
羌族は、多くの部族に分かれている。彼も、全ての部族と親しくしたわけではない。戦う事については、別段後ろめたい思いをする事もなかった。
董卓の活躍もあって、この戦いは漢軍が勝利した。戦の後、張奐は、恩賞として絹九千匹(一匹=四丈=約9,2m)を彼に与えた。しかし、彼はそれを受け取らず、全て配下の者たちに分け与えたという。
省26
6:左平(仮名)2003/01/05(日) 23:52
三、
夜。天空には、月と星が輝いている。そして、地上には、一人それを見つめる男がいた。人並み外れた巨躯を持つその男の名は、董卓という。
一人夜空を見つめているからといって、別段、何か考えていたというわけではない。ただ、月が美しかったから、それを眺めつつ酒を呑んでいたのである。風は少し冷たいが、なに、大した事ではない。
「お父様。わたしの夫となられる方が決まったそうですね」
省33
7:左平(仮名)2003/01/05(日) 23:56
「おぉ、瑠か。どうだ、そなたも飲むか?」
「そう言われれば飲みますけど…。いいのですか?お仕事の方はいかがなさったのです?」
「あぁ、だいたい片付いてるし、明日は休みだ。構わんよ」
「じゃぁ…」
そう言うと、彼女は夫の横に座り、その体にもたれかかった。
「ねぇ…」
省28
8:左平(仮名)2003/01/13(月) 21:06
四、
同じ頃。月を眺めつつ、酒を呑む男がもう一人いた。牛輔の父である。
(輔も、もうそういう年なんだな。月日の経つのは早いもんだ。あれから、もう二十年以上も経つのか…)
そう感慨にふける彼の脳裏に、二十数年前の事が、鮮やかに思い起こされた。
省39
9:左平(仮名)2003/01/13(月) 21:09
「では、琳さん。私は帰らないといけないので」
「あの…。朗さん」
「何でしょうか?」
「また…お会いする事はできませんか?」
「えっ? いや…その…」
意外な言葉であった。彼女の方も、自分に気があるのだろうか?だとすれば、願ってもない。
省38
10:左平(仮名)2003/01/19(日) 21:37
五、
「琳さん…」
「はい」
「私と…ずっとこうして頂けますか」
「それは…夫婦になろう、という事ですか?」
省42
11:左平(仮名)2003/01/19(日) 21:38
「私達の関係がただならぬものとなれば、双方とも、追認するしかないはずです。あなたは既に男を知ってしまったし、私も、他家の女に手を出してしまった。あなたを私以外の男に嫁がせる事は難しいし、私も、あなた以外の女を妻に迎える事は難しい。そんな事をすれば、双方の家名は落ちてしまうでしょうから…」
「えぇ。そうなりますね」
「もちろん、危険な賭けなんだけど…他に考えつかなかった…」
「ねぇ、朗さん」
「どうしました?」
「行きましょ」
省46
12:左平(仮名)2003/01/26(日) 00:43
六、
「あっ…!」
門を守る家人は、驚きを隠せなかった様で、しばらく動かなかった。二人は、馬から降りるとそのまま牛朗の居室に入り、もつれ合う様に倒れ込んだ。
牛朗は、男女の事については初めてである。おおよその事は知っているつもりであるが…。慌しく衣を脱ぐと、互いの体を愛撫し合う。
省39
13:左平(仮名)2003/01/26(日) 00:47
「こっ、これは!」
「私達の仲が認められないとなれば、牛氏の男が他家の女を弄んだという不名誉な事になるのですよ!」
「そなた…本気で言っているのか!?」
「はい」
「勘当しても良いのだぞ!」
「構いません。そうなればなったで、司馬相如【前漢の文人。賦にすぐれた。富豪の娘であった卓文君と恋仲となり、彼女の父親に反対されると、駆け落ち同然の形で結婚した。彼女の邸宅の前で夫婦して屋台を経営した為、ついにその仲を認められたという逸話を持つ】に倣うまでです」
省38
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