小説 『牛氏』 第一部
53:左平(仮名)2003/06/08(日) 22:24
子が産まれた事で、牛輔夫婦の生活にも、相当の変化が生じた。
赤子には何もできないし、言う事を聞かせる事もできない。躾をしようにも、ある程度育たない事にはどうにもならない。どうしても子が中心の生活となる。
また、若者が多いこの邸内では、子育てに慣れた者は少ない。実家から、経験豊かな家人達を呼び寄せたりしながら、何とかやりくりしている状態であった。

それゆえ、夫婦の間にも、多少の波風が生じた。
二人とも互いに強く相手を意識しているのではあるが、ともに初めての子育てであるので、どうしても子に目が向きがちであった。その為、しばらく疎遠になっていたのである。

ある日、蓋が寝静まった後の事である。
「ねぇ、あなた…」
姜が、甘えた声を出してきた。母親になって以来、こういう声を聞くのは久しぶりである。
「ん?どうした?」
牛輔は、横になったままそう答えた。何が言いたいかくらいは、よく分かっている。
「もぅ…。分かってらっしゃるでしょ」
「あぁ…。ただ、どうにも眠たくってな…」
「それは分かります。わたしも眠いんですもの。でも…」
「でも…何だい?」
「わたしも、もう産褥から出ました。確かに今は蓋の母ですけど、女でなくなったわけではないのですよ」
「分かってるよ」
「分かってらっしゃるのでしたら…」
「そうか。じゃ…」

そう言うと、牛輔は姜の床にもぐり込み、彼女を抱いた。
子を産んだその体は、以前よりもやや丸みを帯びていた。子育てに忙しかった為、少し疲れの色は見えるものの、抱いた時の心地良さは変わらない。いや、むしろ良くなっているくらいである。
彼自身、多少の疲れはあったが、ひとたび抱くと、猛烈に求めずにはいられなくなった。
二人は、数ヶ月ぶりに、激しく交わった。

「はぁ…。やっぱりいいもんだな」
「でしょ?」
「しかし…。どうしたんだ?そなたから求めてくるなんて」
「だって…。あなたったら、今度来た乳母の事をじっと見てらっしゃるんですもの。わたし、つい嫉妬しちゃって…」
「あれは、蓋がきちんと乳を飲んでるかどうか見てたんだよ」
「そうなのですか?」
「あぁ。私が彼女に劣情を催したとでも思ったのかい?」
「若い女が夫の前で乳房をあらわにしてるんですよ。いくら授乳の為とはいえ。そんなところを見せられると、つい…」
「そうか。そう見られるとは、私もまだまだ人間ができてないって事か」
「いえ、そういうつもりでは…」
「そなたを責めているわけではないよ。…すまなかったな。子育てにかまけていて、そなたに構ってやれなくて」
「あなた…」
「そんな顔をするなよ。何だか、また催してきちゃったよ」
「えぇ。喜んで」

波風といっても、若い二人のそれは、この様なたぐいのものであった。
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