小説 『牛氏』 第一部
59:左平(仮名)2003/06/29(日) 13:43AAS
「初めてお目にかかります。私は、姓名を李カク【イ+鶴−鳥】、字は稚然と申します。北地郡の出です。どうぞよろしく」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
字があるという事は、それなりの家の出であろう。その字が稚然という事は、兄弟が多いのだろうか(長幼の序列を示すのに伯仲叔季という字がよく用いられるが、稚というのはそのまた後に用いられる事がある。したがって、彼には四人以上の兄がいた可能性がある。実際、史書にも兄がいた事は記されている)。
挨拶の仕方もきちんとしているし、変に肩肘張ったところはない。頭の方も、まずまずといったところか。なかなか、頼りになりそうである。

続いて、二人目の男が口を開いた。
「わ、私は、郭レと申します。張掖郡の出です」
こちらは、やや緊張している様だ。ただ、悪い感じはしない。ちょっと前の自分をみる様で、微笑ましいくらいである。
「あれ?字はないのかい?」
「それが…。まだ加冠してないもので、字は…」
「そうか…」
「どうだ、伯扶。そなたが字をつけてやったらどうだ」
「えっ?私がですか?」
「そうだ。勝の字もそなたが考えたのだし、これからこいつらの長になるのだからな。ちょうどよかろう」
「急に言われましても…。あの時は、あれこれと書物を引っぱりだしてようやくでしたから…」
「なに、仮のもので良いのだ。今、この場で思いつくものを挙げてみよ」
「う−ん…。しかし、私は彼の事を何も知らないわけですし…」
「ちなみに、こいつは次男だ」
「次男となれば『仲』とつくでしょうが、もう一文字が…」
(名が「し」だからなぁ…「し」の字は、えぇっと…)

この時、牛輔はちょっとした勘違いをしていた。郭レの名は『レ』が正しいのであるが、何がどうしたのか『侈』と聞き間違えたのである。
(『侈』ってのは、『おおい』って意味だから…そうだ!)
「仲多、なんてどうでしょうか」
それを聞いた途端、董卓と李カク【イ+鶴−鳥】は大笑いし始めた。
「『ちゅうた』!? ははは、そりゃいいや。まるで鼠だな、おい」
「ほんとに。いかにも、ちょろちょろしてるこいつらしい字ですね」

「えっ?」
二人の笑い声を聞いて、牛輔は勘違いに気付いた。
「まっ、間違えました!もう一度、考え直します!」
「いやいや、それで決まりだ。レよ、そなたの字は『仲多』だ。いいな」
董卓は、笑いながらそう言った。しばしこの地を離れるとはいえ、この軍団の主の言葉は絶対である。
「はっ、はぁ…」
郭レも、照れ笑いを浮かべながら了解した。
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