小説 『牛氏』 第一部
63:左平(仮名)2003/07/13(日) 19:33AAS
しばらくして、盈が戻ってきた。まだ、こちらの支度もできていないというのに、もう偵察を終えたのであろうか。
「ずいぶん早いな」
「そうですか?きちんと賊は探ってまいりましたよ」
「そうか。ならばよい。して、賊の状況は?」
「はい。数は二、三百といったところです。やつら、どうやらテイ【氏+_】族ですね」
「テイ【氏+_】族?」
「はい」

テイ【氏+_】族とは、羌族と同様、このあたりに居住していた異民族である。羌族に比べると農耕化が早かったという事もあってか、漢朝との大規模な戦いなどは殆どなかったという(後には中原に王朝をうち立てる事もあったが、この物語にはあまり関係ない)。
匈奴や羌族に対しては、統御管轄する為の官(護羌校尉などがそう)が設けられていたが、テイ【氏+_】族を対象とする官職は見当たらない事からも、それは伺える。

(なにゆえテイ【氏+_】族が?…いや、そんな事を言ってる場合ではないな)
「他に分かった事は?」
「はい。どうも、都からこちらに向かっていた数十人の漢人が捕らえられた模様です」
「なに!彼らの安否は?」
「そこまでは分かりかねます。しかし、恐らくは…」
「…そうか」
彼らがいかなる理由で賊となったかは分からない。しかし、無辜の人々を殺戮したというのであれば、容赦する事はない。
「殿!支度が整いましたぞ!」
李カク【イ+鶴−鳥】達が牛輔を呼んだ。出撃の時である。
「そうか。よし!者ども!」
「おう!」
「相手はテイ【氏+_】族の賊、約三百!容赦はいらぬ。徹底的に叩き潰せ!」
「おう!!」

戦は二度目であるが、牛輔自身が将として戦うのは、これが初めてである。兵力差からみても、決して難しい戦いではないが、失敗は許されない。ただ、牛輔には前ほどの緊張感はなかった。
(余裕ができたからであろうか。いや、それだけではなさそうだ…)
行軍中、牛輔はそんな事を考えていた。
(…そうか、相手が違うからか。羌族とは違い、テイ【氏+_】族には何の思いもないからな。あるのはただ、漢人を殺戮した者を討伐するという意識のみ…)
義父の様に、敵に思いを持ちつつもなお苛烈に戦うという事は難しそうだ。自分は自分なりの道を歩むしかないという事か。

(さて、伯扶はどう戦うかな)
牛輔の後をゆっくりと進みながら、董卓はそう考えていた。
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