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小説 『牛氏』 第一部
66:左平(仮名) 2003/07/27(日) 21:48 三十三、 (んっ?まさか、また賊か?いや違う。あの旗印は…「牛」?一体どこの軍だ?…あっ、後ろに「董」の旗印も…。そうか、これが董氏の軍団か…) ともかく、味方には違いない。そう思うと、安心感と、疲労と、空腹とがあいまって、急に目眩がした。 「おい、どうした!しっかりせい!」 男の姿に気付いた兵達が駆け寄り、肩を貸した。 「かたじけない…」 「気にするな。ところでそなた、こんな所で何をしていたんだ?」 「実は…。賊に襲われたのです」 「なにっ!して、賊はいずこに?」 「ここから数里といったところです。私は、辛うじて賊から解放され、ここまで歩いてまいりました」 「そうか…。殿!この者、賊の隠れ家を存じておりますぞ!」 「なに!よし、しばし待て!」 (ん…殿?という事は、董氏が…) 董氏は巨躯の人と聞いていた。だが、彼の前に現われたのは、それとは異なる、中肉中背の青年であった。 「大変でしたな。ゆっくりお休みくだされ。私の名は、牛輔。字を伯扶と申します」 「はっ、はぁ…。私の名は、賈ク【言+羽】。字は文和と申します。…ところで、こちらの方々は董氏、董仲穎殿の軍団ではないのですか?『董』の旗印が見えた様な気がしたのですが」 「あぁ、董氏ですか。私は、董氏の娘婿なのです。義父から、しばしこの軍団を預かる事になりました」 「そうでしたか」 それなら、董氏の旗印があるのも当然か。一安心だ。 「文和!文和ではないか!」 賈ク【言+羽】の姿に気付いた張済がそう叫んだ。 「おお!張殿!お懐かしゅうございますなぁ!」 「なんだ、済よ。二人は知己であったのか」 「えぇ、彼は私と同郷ですからね。…そうそう、今度の新入りってのは、この者ですよ」 「えっ!そうだったのか?賊に捕まってたのなら、遅くなるわけだな」 「私が新入り、ですか?という事は…」 「なんだ、文和。聞いてなかったのか?この伯扶殿が、我らの長なのだぞ」 「そうなのですか?私は、帰郷したら董氏のもとを訪ねる様にとしか聞いていなかったのですが…。いつの間にその様な話に?」 「はははっ…」 「あっ!張殿!まさか!」 どうやら、張済が賈ク【言+羽】に無断で話を進めていたらしい。ただ、賈ク【言+羽】も特に嫌がってはいない様なので、たいした問題ではなさそうである。 同郷の知己の対面であるが、今は再開の喜びに浸っている場合ではない。いささか興を殺ぐ様ではあるが、聞かねばならぬ事がある。 牛輔は、二人の会話の切れ目をみて、口を開いた。 「まぁ、後でゆっくり話そうではないか。それより、そなた、賊の隠れ家を知っておるのだな」 「はい。そこからずっと西に向かって歩きましたから、おおよそは。ここより東に数里のところです」 「そなた以外の者は?」 「分かりません。賊は、私以外の者の安否については何も言いませんでしたし、解放されたのは私一人でしたから」 「そうか。それで、隠れ家の様子は?」 「今の時点では、守る事は考えておりますまい。見た限りでは、特に防備を固めているふうではありませんでした」 「賊の人数は?」 「私が見たのは三十人程度でした。まぁ、あれは主だった連中でしょうから、その数倍はいるかと…」 「そうか」
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