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小説 『牛氏』 第一部
89:左平(仮名) 2003/10/12(日) 23:35 「ですが、義父上も私も、漢朝の人間であり、羌族とはしばしば戦っております」 「そう。その、羌族の血によって、わしの地位はますます上がりつつある…」 董卓の眉間に深い皺が寄った。彼には、明らかに羌族に対する同情がある。にもかかわらず、漢朝に仕えている以上、否応なしにこういう現実に向き合わねばならない。豪壮と言われる董卓の内面にある、この苦悩のほどは、余人にはなかなか理解できまい。 (かく言う私にも、一体どの程度分かっているのであろうか…) 義父に対する敬意があるが故に、何と言えば良いのか迷うところである。 「だが、他に手段がないのだ」 「手段?何のですか?」 「勝ならば、その才知と徳量によって、漢人と羌族の融和を為す事ができるであろう。しかし、その力量があったところで、高位に就かぬ事には、それも適わぬ。いかにきれい事を言ったところで、家柄が伴わない事には、なかなか立身はできぬのだ…。勝を立身させる為には、まずわしが相当の地位に就かねばならぬ。…わしは一介の武人に過ぎぬ。わしにできる事は、たた戦って功をあげる事のみだ。そして、その相手となるのが、羌族…」 「…」 何と皮肉で哀しい事であろうか。想いとは裏腹に、まだまだ羌族の血を流さねばならないのである。 「幸い、わしの想いを勝はよく分かってくれておる様だ。先が、楽しみだよ」 そう言うと、董卓は微笑を浮かべた。 その様な事を思い出したのは、先ほど、勝の妻が懐妊したという知らせを受けたからであった。 一緒に字を考えてから、もう数年が経つ。既に加冠も済ませた彼は、妻を娶り、そろそろ仕官しようかというところである。それに加えて子も授かるとなれば、紛れもなく吉報であろう。 (このまま、何事もうまくいってほしいものだ) そう、思わずにはいられなかった。
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