下
小説 『牛氏』 第一部
11:左平(仮名)2003/01/19(日) 21:38
「私達の関係がただならぬものとなれば、双方とも、追認するしかないはずです。あなたは既に男を知ってしまったし、私も、他家の女に手を出してしまった。あなたを私以外の男に嫁がせる事は難しいし、私も、あなた以外の女を妻に迎える事は難しい。そんな事をすれば、双方の家名は落ちてしまうでしょうから…」
「えぇ。そうなりますね」
「もちろん、危険な賭けなんだけど…他に考えつかなかった…」
「ねぇ、朗さん」
「どうしました?」
「行きましょ」
「どちらへ?」
「わたしの集落へ」
「いいですけど…どうなさるのです?」
「二人の仲をみんなに見てもらわないと」
それが何を意味するか。二人ののろけっぷりを見てもらうという様な、ほのぼのしたものではないという事は言うまでもない。
「そうですね」
下手すると、命がけである。だが、彼女とならば悔いる事はない。
二人は、同じ馬に乗って駆けた。
「あれがわたしの生まれ育った集落です」
「琳さん、いきますよ。…覚悟はよろしいですか? もぅ二度とここには戻れないかも知れないんですよ」
「構いません。あなたといられるのでしたら」
「琳さん…」
二人を乗せたまま、馬は集落に突入した。
「あっ、あれは…」
「琳さん! その男は一体…」
二人の姿を目にした人々は、口々にそう叫んだ。男女が同じ馬に乗るなど、漢人のみならず、羌族でも普通有り得ない事である。おまけに、男の方は誰も知らない。何故、琳とその男が同じ馬に?
「琳! おまえ…」
驚き戸惑う人々の中に、ひときわ堂々とした男が立っている。この集落の長であろうか。
「お父さま! わたしはこの方に嫁ぎます!」
(えっ!? 琳さんはここの族長の?)
牛朗は、少し驚いた。族長の娘となれば、彼女にかかった圧力は相当なものであったろう。それだけに、彼女の覚悟のほどがうかがえる。
(琳さん…)
ますます、いとしさが募る。
「何を言っておるか! その男が何者であるか分かっておろう!」
「えぇ! でも…わたしたちは、もうそういう仲になったんです!」
「何と!」
それで、皆黙り込んだ。もう、二人を止める事はできない。
それを見届けると、二人は集落の外に駆けていった。その一部始終をじっと見つめる子供がいた事には、皆気付かなかった様である。
「朗さん、驚かれました?」
「まぁね。…まさか、琳さんが族長の娘さんだったなんてね」
「お気を悪くなさいましたか?」
「いえ。かえって、あなたへの想いが深まりましたよ。私の為にここまでしてくれるのかって」
「嬉しいっ」
琳がぐっと抱きついてくる。彼女の体温が、衣を通じて伝わるのを感じる。
「さぁっ。次は、私の番ですね」
二人は、そのままの勢いで、牛氏の邸宅になだれ込んだ。
上前次1-新書写板AA設索