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小説 『牛氏』 第一部
110:左平(仮名) 2004/02/09(月) 00:13 五十五、 「皇后の事なのだが…」 段ケイ【ヒ+火+頁】にとっては、いささか予想外の話である。宮中のきな臭い話とはあまり関わりたくないというのが本音ではあるが、他ならぬ王甫の話である。聞くだけは聞かねばなるまい。 「皇后陛下が…いかがなさったのですかな?」 「実はな…位を降りていただこうかと思ってな」 「これは異な事を。何ゆえですかな?」 (陛下は、今の皇后に何かご不満があるのだろうか?聞いた事はないが…) 段ケイ【ヒ+火+頁】には、どうも王甫の意図が掴めない。皇后の廃位となれば、天下の一大事である。皇帝の意思であるのなら異論はないが、何ゆえ今なのか。さっぱり分からないのである。 「皇后は寵無くして正位に居られる。皇后に立てられてもう何年にもなるが、未だ若年とはいえ、この様子では、恐らく男子は望めまい。『母は子を以って貴たり』ともいうし、この際、既に男子を産んでおられる何氏あたりにその座を譲られてはいかがかと思うのだがな」 「ほほぅ…。で、この事について陛下のご意思はいかがなのですかな?陛下がお望みなのでしたら、この段ケイ【ヒ+火+頁】、できる限りの事は致しましょう」 (そう来るか…。まぁ、予想してはおったが…) 段ケイ【ヒ+火+頁】は、どこまでも漢朝に忠実な武人であり、皇帝の意思こそが絶対という固い信念を持っている。彼を動かすには、やはり皇帝を持ち出すしかない様だ。ただ、今回については、事の性質上それはなるべく避けておきたいところ。彼の力を借りるわけにはいかない様である。 (止むを得んな。萌、吉【ともに王甫の養子】に相談してみるか) 王甫は、そう考え直した。このあたりの決断の速さこそ、彼が今まで勝ち残ってきた所以である。幸い、段ケイ【ヒ+火+頁】は口が固いから、一言口止めしておけば、この話が外に漏れる恐れはない。 「まぁまぁ、そう焦らずとも良い。わしとて、陛下のご意思をきちんと確認したわけではないのだからな。この事は忘れられよ。…今日の話はこれだけだ。では、あまり長居するのも何なので、これにて失礼する」 そう言うと、王甫は席を立った。こう書くと、段ケイ【ヒ+火+頁】の返答に不快感を感じた様に思われるかも知れないが、そういう訳ではない。王甫は、段ケイ【ヒ+火+頁】の人となりにはむしろ好感さえ持っている。用件が済んだら長居はせずにさっさと帰るのが、彼への礼儀なのである。 「戻ったぞ」 「お帰りなさいませ」 「さっそくだが、簡と筆を用意しろ。萌と吉に書状をしたためる」 「はい。分かりました。至急」 この頃、王萌は長楽少府、王吉は沛国の相という要職にあった。いかに養子とはいえ、勝手に親元に帰るわけにはいかない。書状には、相談したい事があるので、何か理由を探して急ぎ帰る様したためられていた。 「父上から書状?」 「はい。こちらです」 「ふむ、何用であろうか…」 「なるほどな…分かった。しばし待て。すぐに返事をしたためる」
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