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小説 『牛氏』 第一部
115:左平(仮名) 2004/03/07(日) 23:17 「何事だっ!」 あたりの騒々しさを聞いた王甫が姿を現した。いかに宦官とはいえ、さすがに宮中随一の実力者。態度は堂々としたものである。 「あっ、殿!そっ、それが…」 「何がどうしたと言うのだ。落ち着いて説明せい」 「これはこれは、王中常侍殿ではありませんか」 王甫の姿を見つけた陽球は、あえて丁寧な態度をとった。相手の警戒心を緩くする為である。 「何だ、陽球。この騒ぎは」 「それがですね。京兆尹殿から、とある事件の摘発があったのですよ」 「事件?そんなもの、わしは知らんぞ」 「そんなはずはないでしょう。これは、あなたの門生がやった事なのですから。なにしろ七千万という大金が絡んでおりますからねぇ…」 「何が言いたい?」 「者ども!こやつがこの件の首魁である!引っ捕らえろ!」 「なっ!?」 王甫が口を挟む間もなく、彼は屈強な男達によって取り押さえられた。腕力では劣るとはいえ、相当に抵抗したから、髪も衣服もぼろぼろになってしまった。 「ええいっ、放さんかっ!わしをどうするつもりだ!」 「どうもこうもないわっ!官の財物を横領した容疑で取り調べるまでの事!引っ立ていっ!」 王甫はなおも陽球を罵りつつ、引き立てられていった。 「さて、次は…王萌・王吉、それに…」 そう言いかけたところで、陽球は口をつぐんだ。 「それに…誰を捕えるのですか?」 「ちと気が重いが…太尉の段紀明だ」 「段太尉を、ですか?しかし、太尉はこの件には関与しておりませんが…」 「そんな事は承知しておる。だがな、段紀明は王甫との関係が深い。数年前には、宦官どもの意を受けて学生達を弾圧したではないか。放っておいては、我らが危うくなるのだ」 「しかし…」 「しかしも何もない!とっとと行かんか!」 「はっ!」 (なるほど、確かに対羌戦の勇将ではある…むざむざ消し去るには惜しい存在ではある…だが、こうするより他ないのだ。俺は間違ってはおらんぞ!) びっくりした部下が駆けていくのをみながら、陽球は、自分にそう言い聞かせていた。
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