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小説 『牛氏』 第一部
119:左平(仮名) 2004/04/25(日) 21:14 腹部に至ろうかというところで、ついに王甫の首がぐったりと倒れた。属吏がいったん打つのをやめ、心拍と呼吸の有無を確認する。 「心臓は止まっております。息もありません。死にました」 「そうか、存外早かったな。まだ手足の形がこれだけ残っておるというのに」 「まぁ、年寄りですからね。むしろ、ここまでよくもったものです」 「そうだな。あとの二人もさっさと片付けろ!」 「はっ!」 それからほどなく、王萌・王吉の二人も死んだ。死んだのを確認した後もなお打ち続けて筋骨をずたずたにした為、三人の遺骸は、顔を除くと手足の所在も不明瞭なただの肉塊と成り果てていた。 「ふふ。汚らしいくらげが三つ出来上がったか。次は、段紀明の番だな」 陽球は、微かに震えていた。それは、一つの宿願を果たしたという、至上の歓喜によるものであった。この様な歓喜の様は、家族にも見せた事がない。 その頃、段ケイ【ヒ+火+頁】は一人獄中に座っていた。その姿勢には全く乱れはないが、心中には、いささかの淀みがあった。 (あやつ、王中常侍をどうしているのであろうか…) 王甫と陽球。両者が政治的に対立しているのは知っている。今回、陽球は王甫の隙を突いて逮捕に踏み切った。このまま、彼を葬り去るであろう事は想像に難くないところである。となれば、自分もその巻き添えを食らうという事か。相手の態度如何によっては、こちらも覚悟を決めねばならぬところである。死ぬ事には何の恐怖もない。しかし、自らの尊厳を傷つけられるのはまっぴらである。 そう思っていると、足音がしてきた。 「紀明殿。獄中におられる御気分はいかがかな?」 「なに。何という事はない。あまりに静かなので、思わず眠気を催したくらいだ」 「ほう。それはまた落ち着いておられますな。…そうそう、先ほど、宮中から知らせがありましたよ。先の日食の責を問い、太尉を罷免の上、廷尉に任ずる、とね」 「さようか」 (すると、陛下はこの件をまだ存じておられないのか。今のところは、わしは必ずしも罪人ではないという事か…) 少しほっとした。しかし、陽球のこと。これで済むわけもない。段ケイ【ヒ+火+頁】は、次の言葉を待った。 「しかし、廷尉の位もいつまででしょうな。…王甫は尋問中に死にましたよ。これで、あやつの有罪は確定です。となれば…王甫との関係が深かった者どもがどうなるかは…もうお分かりでしょう」 (そうくるか。この際、わしも葬り去ろう、と。そういう事か) こうなれば、彼に残された選択肢は一つしかなかった。辛うじて自らの名誉が残されているうちに…。 (ただ、こやつの事。何としてでもわしの名誉を奪い取り、その上で殺そうとするであろう。少しでもそれを回避するには…) 段ケイ【ヒ+火+頁】は、懐中のある物に、そっと手をやった。
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